起業してから色々と思うことがあり、めっきりブログを書かなくなってしまっていました。本件もこのブログの趣旨とは逸れた内容ではありますが、取り留めのない自分の今の気持ちを残す場としてもともとスタートを切ったブログなので、そこまでズレてはいないのかなと。



ちなみに表題はメタップス佐藤航陽さんのブログの「現実を直視しながら理想を持ち続けることの難しさ、人生の「賞味期限」」という記事タイトルに影響を受けてます。中身はてんで違いますが。

さて表題の通りに起業2年目を終えました。既に3期目スタートしており、相変わらず忙しさに身を投じる日々です。おかげさまで1年目の赤を帳消しにする程度には売上が立った反面今年も秋へ向けて仕事埋めをしていかなければとか考えるような状態です。

事業の小PR
 ちなみに事業は小規模なプロジェクションマッピングの提案・設置・内部コンテンツの制作と、ゲーム関連のLive2Dやイラストグラフィックの受託をメインにやってたりします。諸事情によりブログにはリンクは貼れないので興味のある方は直接ご連絡ください。社外秘ポートフォリオもあるのでお仕事のお話もお待ちしております。

色々な現実が見えてきた話
 さてさて話を表題に戻しまして。小さい会社ですが一応企業の頭という立場から仕事をこなして人とあって、経営のことを考えて、関わる方々のことを考えて、とか会社員時代はあまり使わなかった回路に接続しながら日々を過ごすことで、イチプレイヤーからは見えていなかった色々な世の中の流れみたいなものを何となく感じるようになりました。うまく抽象化して言葉にするのは難しいのですが、ありきたりな言葉で言えば見えている世界が変わってしまったといいますか。

 といえばカッコいいんですが、単に現実がより見えるようになっただけの話であったりもします。自分が昔憧れていたことの裏側が見えてしまったり、近年夢中になっていたことをビジネスとして企業として見た時の現実を見てしまい手が出せなくなってしまったり。言い方はアレですが、無邪気ではいられなくなりました。そしてそんな現実をもっともっと早い時代からとっくに見据えて周りが動いていたことも知って。それを何となく感じ取って酷く落ち込んだりしたものでした。あぁ、とても貴重な時間を自分はドブに捨てて生きてきたんだなぁと。


無邪気な勘違いの力
 しかし腐ってるわけにもいかず、この現実を見据えると同時に、私のこれまでの無邪気さ、つまり勘違いの部分が意外と推進力になっていたことにも気づき、また同時にその無邪気さで足元をすくわれてしまうという危険性も孕んでいる。という事に気づき。

なので、現実を見つめながら勘違いするという行為の矛盾についてものすごく悩むことになっています。現実を見つめすぎると、その場を動けなくなってしまう。現実を見なければ間違った方向に周りを誘導してしまうかもしれない。しかし自分を邁進させるためにはある程度の勘違い、ハッタリで自分で自分の手を取り無理やり引っ張って前に進ませなければならない。


「答え」が出ると同時に小波をさらう「大きな波」が追いかけてくる感覚
 現実とは既に答えが出た結果の世界の話で、その現実に付き従うのであれば結局その現実の前ではよりその現実に適応できる力を持つ個人や組織が強いわけです。その力があるなら別にいいのですが、どちらも無い側の立場であるのが自分たちのなのでして。そしてその現実は毎日毎日新しい答えを定義し、私達の背中を追いかけてきます。答えが出きってしまう前に、小さな存在は先の道を常にある程度の勘違いをしながら進まなければ生きていけないわけです。

 例えば、今勘違いモードで邁進した結果斬新な新しい財布を作ったとします。このアイデアで勝負できるうちは最初だけで、これが売れるという「答え」が出た段階で、そのデータを引っさげた大手が後ろから「より洗練されている」とか「より安いコストで」とかの追随をしてくるわけです。この大きい波に対してどうアクションをとるかがほとんどの企業にとっての議題です。受託であればより安い、より優れた交渉力のあるライバルが出てきた時にどうするのか。

加速する現実の先にある無力感との戦い
 それであくまでこれは自分があくまで先端を走ってるつもりになってる例なんですけど、現実のもっと厄介なのは、「別に私がやらなくても誰かがやってるだろう」という「私がやってもすぐに誰かが追随してくるだろう」というもの。そんで何故そんなことを現実と思うようになってしまったかというと、それ程に世の中の速度が上がりすぎているから。

 世の中の速度の栄枯盛衰リズムが早すぎて、現実の波がすぐにやってくるのがわかってしまった。私の直視してる一番悩ましい現実がこれなわけでして。あらゆる技能や知識は可視化されオープンソース化され、加速する。世の中全体としてはその加速は社会の発展には必要不可欠なものだし、これまでの歴史が発展により成り立っている以上はこれが現実であることは変わりないわけでして。


地に足つけながらそれでも勘違いし続ける
 私がこの現実に悩むのは、それは小さな組織が存在する意味の薄れを感じる部分です。この現実を直視しながら、それでも勘違いしてより良い選択を模索してはまた現実の大波に飲まれていく。この栄枯盛衰ループの海を泳ぎきらないとならないというこれまた現実が見えてきて。

勘違いしながら自分を奮い立たせ、新しい変化を楽しむ。しかし同時に経営者として常に企業の利益を考える。関わってる人たちに霞を食えとは言えませんし私も家族に霞を食わせるわけにはいきませんから。現実と勘違いの間でつねに葛藤する難しさ。


価値変動の速さが尋常じゃない
 そんなわけで世の中の速度早すぎないですかね最近、と思っています個人的に。ここで言ってる世の中の流れというのはお金の流動の速さ。金銭価値の変動速度。最近見た中で一番驚いたお金の使い方は、とあるVtuberにVRChat内で哺乳瓶で授乳してもらう権利が100万円で購入されてた件。もう一件は、人気Vtuberの量産モデルが1000体売れた話(1体5000円くらい)。いずれもつい数年前のほとんどの人に言っても「そんなことありえるわけ無いでしょ笑」と流される類。想像してた人たちにとっては「やっぱり来たか」だと思うんですが。でも思ったより早かったな、と個人的には。とにかく変化の速さに唸る。

そんでもってそうやって色々とうだうだ悩みながらそれでも一応会社がうまくまわっているので本当に関わってくださる方々にただただ感謝するしかなく、私といえば一応は器用貧乏になんでもこなせるマンなので周りの期待を裏切らないように色々とやっていたりします。


そうして批評家になり何もしない理由を構築する自分にふと気づいた矢先の「あの出来事」
こうして悩んだ先に一つ思うのは、あんまり先のこととか考えたり現実を知ったフリしたってそんなことばかりやってたらただの批評家じゃないのー?ってことで。

幸い?にも昨年北海道住まいの私は人生初のブラックアウトという街中の電源が消えてしまうという経験をしました。真夜中に通信もほぼ死に。聞けるのはラジオのみ。そのラジオも政府発表まで2時間もまともな情報流れて来ず。時々つながるネットで見えてくる断片的な北海道の現状。毎日当たり前だと思ってた光景がたった一日で変わってしまったこと。ならんでなんとか家族のご飯を買ったこと。オール電化でガスも使えず、ただただ奥さんと乳幼児が死なないことだけを考えて行動した数日。


先のことを考えながら今日をとにかく全力で。
現実を見つめて進む道に悩んだ時に、震災の時、突然日常が終わった事を思い出すことで、「そんなんどうでもいいから今日一日を全力でやりきれ!」と、お勉強したつもり、頭良くなったつもりの自分に発破をかけるもうひとりの自分が降りてきて、よし今日頑張ろう。やれることやろう。周りのために頑張ろう。自分で自分にがっかりしないように頑張ろう。

とかそんなことを思うのでした。


そんなわけで久しぶりに書いたのでめちゃくちゃな文面になってしまいました。
色んな質問とかメッセージとかいただいてたのでまた気が向いたらそれらもテーマにして何か書いてみようかと思います。

ちなみに最近は今更ながらにPS4のスパイダーマンにめっぽうハマっていたりするのでした。これも気が向いたら何かの機会にまた。ではでは。

質問とかありましたらこちらのマシュマロのページに投げてみてください。メッセージよりは見てます。
https://marshmallow-qa.com/majikuzu_
未来に先回りする思考法
佐藤航陽
ディスカヴァー・トゥエンティワン
2015-08-27