明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。

 新年一発目のネタを何にしようか考えましたし、今年の記事執筆の方針をどうしようかと思いましたが、今一度私の使命の原点に振り返り、私がかつて子供時代中高生時代社会人時代、苦しくて苦しくてたまらなかった生きづらさを、消化するため、また今辛いと思っている人にとって少しでも楽になるための考え方。

 そういったものを改めて模索していこうと思いました。


■発達が遅れてしまって

 未だに怖くて、あるいは億劫で、私は自分が発達障害かどうかという検査を受けたことはありません。1番は面倒くさいだけなのですが。

 だけどマークシート方式で記入すれば大体が発達障害の内容、あるいはADHDに該当する内容に当てはまります。

 それを見てある人が「あなたは発達障害じゃないと思うけど、家庭に問題を抱えてたから発達が遅れちゃったんだと思うよ」という言葉を投げかけてくれました。


■普通の人になれない

 自分が世間の流れに考え方を全然合わせられず、なんとなく中二病めいた「世間に合わせてたら自分はダメになる!」みたいな脅迫感、根本的なカウンターアクションについての癖はおとなになってから抜けることもなく。

 むしろ今更どうやってその世の中の「大きな流れ」に順調に乗ってきた人と渡り合えというのか。という絶望感に苛まれておりました。

 私は「普通の感覚で普通の(それよりも下)のセンスしか持ち合わせていない、とりわけ能力も普通な普通以下の人間」であるという自分の恥ずかしさやら情けなさやらが辛くて、あぁもう社会に居られないんだな、と思いました。発達になんらかの障害があるんだろうな、と。

 だけど「発達が遅れてるだけだと思う」という言葉は、なんとなく私にとってそれが事実かどうかはどうでも良くて「そういう考え方で生きてみるのは面白い」と思えたのでした。


■真面目系クズという言葉との向き合い

 ブログも5年続いており、自分のブログを開く度に「真面目系クズ」という言葉についてが脳をかすめます。ゆとり。指示待ち人間。モラトリアム。碇シンジのダメな部分だけを抽出した存在。

 ネットスラングから発祥したこの「真面目系クズ」という言葉もすっかり消費され尽くした気がします。が、世の中で人々が生活している以上、関連する言葉は姿かたちを変えて新たに生まれ来るのでしょう。

 5年前に出会った「愛着障害」という言葉に昨年ようやく世間的関心が向い始めたのは自分としては感慨深いものがありました。別に自分が何かしたわけでもないと思うけど、ブログを通して多くの方が本を購入して感想を口にしてくださっているのを見ると、少しでもそれは自分が生きて発信した意味があったんだなという気持ちに。


■「修復する力」自然の摂理との向き合い

 最近読ん心理学の本で、人というのは実は生まれながらに皆目に見える形やそうでない形であっても何かしら欠陥をかかえている。植物が折れた枝を再生する力を持つように、人間もその欠落を補修する力こそが原動力であり、欠落こそが創造を生む、的なことを書いてました。

 まぁ私の誇張表現な部分もあるんですが、わたし的にそういう捉え方の出来る文章で、ハっとしてしまいました。足りないと思うから、痛いと思うから、辛いと思うから、私はその傷を次は負わないように物事を調べなきゃと思ったし、同じような悩みの人にブログで発信しなければ、と思ったわけでして。


■今の自分の個性を前向きに捉えたい

 自分の過去を否定したり育ちの悪さを嘆いたり。手に入れられなかったモノへの渇望を単なる願望で終わらせたり汚点として蓋をするよりは、その自分があったから、今皆が「当たり前」と思っていること対して自分はブレーキをかけて考えられるようになっている。

 私の欠落は世間から見れば欠点だけど、世間の評価どおり額面通りに受け止めて反省するよりも、出来ないから気づけた、と思って楽しむ方が100倍人生楽しめるなぁ、というのが巡り巡って今の所は答えになりはじめていたり。です。

 「普通」を育める人生じゃなかったんだから、単に遅れてただけなんだから、自分はこれからもっと楽しく世の中の常識に触れられるぞ、とこういう気持ちでおります。今までもこれからも。


■「遅れ」の考え方

 私、去年から起業してみて、社会人として20代前半ヨーイドンして順当なサラリマンとは別のキャリアを歩むことになりました。

 30代での起業であらゆる面での「遅れ」と遭遇しております。

 そもそも社長としてのキャリアなんて一年生で、他の社長さん達と思考も金銭感覚も何もかもが比べ物にならない。サラリーマンではなくて社長としての軸で考えれば、私より一日でも早く起業してる人と比べれば既に私は遅れたところからスタートしてるのです。

 だけど其の遅れを分かった上で付き合ってくれる人、厳しい人、いろんな人間模様があって。サラリマンだと一つの会社の中で「成長した企業の中」で自分の後発組としてのどうにもならなさなどにままらない思いを抱いてたわけですが。

 考えてみれば私たちは誰かと比べた時点で、既に誰かよりは「遅れてる」んだなぁと。そして遅れてるから、発見するし、勉強するし、楽しめる。

 何か出来ないこと、うまくいかないことがあったとき、昨年は逐一この「遅れ」について考えさせられてきました。

 「遅れ」は私にとってアイデンティティなのかもしれないな、と。


■ブログタイトル変わります

 というわけで、私は「遅れてスタートした」という言葉を軸に新たな年の、今までと同じスタンスだけど襟元を正す意味で。少し違ったブログ名をスタートしようと思います。

 ブログ名「ボクの他人より遅れてる日々」 管理人:まじクズ 「ぼくはヒトより遅れてる」

 今年も後ろ向きによろしくお願いいたします。(自分の名前についてはもう今さら決まってしまってるし、まじクズでいいかなと笑)
流行りに便乗してpeing登録してみたので、メールするほどでもないし、かといってコメント欄に書くのも違う、みたいな質問とかありましたらこちらに投げてみてください。何か答えるかもしれません。

https://peing.net/majikuzu_
こころの旅
神谷 美恵子
日本評論社
1974-01-01