声が良いということはビジネスでも人生でも非常に大きなアドバンテージになる。美しい声、渋い声、腹の芯まで響くような声、朗らかな声。自分の声をコントロール出来る人間は人生の難易度を操作出来る、そんなように思います。


■自分の声ってどんな声

 皆さんは自分の声、好きですか。

 私は自分の声が正直苦手です。自分で録音して聞いてみて、実際に自分の耳で聞いているはずの声と、音声として客観的に聞いた時のあまりの違いに昔ショックを受けました。聞き取りづらいし、歯切れが悪いし、耳障りだし。

 思えばそこから自分の声に自信をなくしていました。

 声を出すのが嫌になって、そのうち喋るのが億劫になって、話さないから余計声が悪くなっていって、私が喋ると周りの人が嫌な雰囲気になるのが肌身で感じられました。


■声が小さいデメリット 声の大きさでどれだけ損するのか

 私が自分の声が嫌で話すのも嫌になったから、か、元からなのか、もう忘れましたが。とにかく声が小さかったです。運動部に所属してる癖に。あるいは運動部を辞めたからなのか。まぁそれはいいとして。

声が小さいということはかなりの損が発生するなと。今も損してます。はい。
・自分の発言が高確率で聞き返される→相手の手間の発生
・大勢の場で聞いてもらえない→機会の損失
・声が小さいだけで自信が無いように見える→周りのリアクションのせいで結果的に自信を失う

声が小さいだけで周りは不愉快になる。「え?」と聞き返しが発生するだけで空気は悪くなる。


■人生を演者に 声色の使い分け

 なんで普通に喋ることが出来ないのか、こんなに自分の声はダメなのか、と落ち込んでいましたが、とある本の一節でこんなことが書かれていました。

 「私たちは普段から社会の中で自分の役割を演じている 舞台の演者みたいなもの」

 このままの内容ではありませんが。この考え方を見てからなるほどなぁーと思って、そこからはあまり自分の声にこだわらなくなりました。

 ようは自分の声が好きか嫌いかは置いといて、その場その場で演じればいいので、別に自分の素に拘る必要が無いということ。

 じゃあこれで素晴らしい声を手に入れたかというとそんなことは全然無く、ダメな時はダメなままだし。でもクヨクヨすることは随分となくなりました。


■声を上げなきゃ伝わらないこと

 熱い、寒い、おいしい、つらい、楽しい、助けてほしい。

 黙っていれば何も伝わらない。声の質がどうだの話もありますが、そもそも声を上げなきゃ何も伝わらない。発信することをやめてしまうと、自分の存在に気づいてもらえなくなってしまう。

 特に自分が苦しんでいることは声を上げないと、「何も言ってこないから多分大丈夫なんだろう」で流れてしまう。

 声を良くすること、演じること、声を上げること。声のコントロールは人生の難易度に直結する。
VALUやってます
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色々理解してる最中。何かやるかも。
まじめ系クズこと、まじクズが日々経営者として奮闘する記録をブログよりも濃厚に残すかもしれないし、私のブログ活動以外の側面をこちらは色々と出していこうかな…?
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↑そういえばこの映画は、自分の声に全く自信の無い国王が、様々な困難を乗り越えながら民衆に向けたスピーチという一大イベントをこなすまでのお話。発声トレーニング映画としてもなかなかおもしろかったです