長らく私は過去に引きずられて生きていたわけですが、この時間本当に無駄だったので是非私のブログ読んでる人にも気持ちの切り替えをしていただければとか思った次第です。
でも一方で過去は絶対に消えないものだというのもあって、あーもうなんだかなーというところです。


■自分が恥だと思ってる過去は他人にとってはどうでも良い

 自分が昔あれやっちゃったなーこれやっちゃったなーと思ってることは、大抵本人だけがいつまでも抱えているだけであって、他人は当人の恥についていちいち気にしていない。

 何故なら当の本人も恥ずかしい過去を持っていたりするし、そもそも冷静になってほしいのだけど、他人が恥かいたことなんて大した記憶してられないんですよね。よっぽど他人の羞恥の顔が好きだーっていう変な趣向の持ち主でもない限りは。

 だから過去に色んな恥かいた、というのはだいたいその場限りのことなので気にしたら負けです。気にするといつまでも思い出し恥ずかしさみたいなのがこみ上げて辛くなります。


■自分が過去の遺恨で恨んでる相手にとって、私のことはどうでもいい

 自分が過去嫌な目に遭わされた相手というのは、自分のことを別に気にしてません。その人は私を過去に嫌な目に遭わせたことなど微塵も気にせず生きてます。

 非常に許しがたいですが、でも大体そんなもんで。

そもそも、そんな許しがたい、私は誰に対しても酷いことなんてしたことない、と思ってる人でも気づかないうちに誰かの恨みを買っていたりして。

 それって気にかけろっていう事が無理な話なわけで、自分が今まで出会ってきたすべての人に対して恨んでるかどうかとかを考えてみて全員を思い出せないのだとしたら、他人もまぁ大体そんな感じです。恨み続けてる自分の時間だけが止まってしまっていて、非常にやるせないです。


■そもそも私のことなんて誰も気にしてない

 というわけで、何度か私のブログでも書いてますが、私の事なんてそもそも誰も気にしてない。自分が過去振り返ってクラスメイトすべてを気にかけ続けて生きていないように、他人はそれほど私の事を気にしていない。

 恥かいたな-とか恨みつらみとか、そういう感情でもって相手のことを考えても、相手はそんなこと微塵も考えてない。意味がない。


■逆に、私を記憶しているのは、書面に残る履歴とか記録

 スピード違反とか事故歴とか、タイムカードとか、学歴とか略歴とか、過去何かやらかしたならそのニュース欄とか。私の過去を記録しているデータだけは、嘘をつかないです。

 過去は意味を持たないけど、過去は消せない。恥とかは恨みとかそういうのはいいとして、あえて過去について気にかけるとしたら、記録に残っちゃう過去について意識を向ける比重を強くしておくと良さげ。


■私の過去と他人の過去の誤差

 私の認識する過去と、他人が認識する過去は全然ちがう。同じ現場に居たとしても、片方が風景について美しいと感動すれば、もう片方は遠くから食欲をそそる良い匂いがするなと感じていたり。

 私と他人で認識する世界は違うから、過去のことをいくら私の主観で「あぁなんて恥ずかしいことをやらかしてしまったんだろう」と頭を抱えたところで、もしかしたら他人にとって貴方は素晴らしいことをしているのかもしれない。

 だから過去にこだわると、今の風景が見えなくなってしまって、それはとっても勿体無い生き方になってしまう。


■過去は捨てれないけど気にしない

 そんなわけで過去は気にしなくていい。履歴に残る過去は捨てれないけど、でも気にしなくていい。過去のおかげで今があるのだから、今を頑張って変えるようにしてしまえばいずれ頑張った過去のおかげで今が良くなる。ポエムっぽい。

 過去にこだわりすぎると良くない。それは置いといて、今を良くすることに注力するのが非常にコスパが良い。こんな言い方はアレだけど、でも今を頑張る方がコスパが良い。