一週間とんでもないタスク量に追われブログを書いている余裕がまったく無い状態で久々の更新となります。

 私は過去の経験上、親に虐待やネグレクトを受けながら育ってきたので、割りと速い段階で親を恨む事に成功(?)しました。でも一時期は「親を恨むなんてとんでもない、こんな事を考えている自分は悪なのではないか?」と悩み、こんな自分はもう自殺でもするしか無いんじゃないか、というようなところまで追い詰められていました。

 時々メール相談でも「親を恨むなんて自分は間違っているんじゃないか」という内容の相談をいただきます。

恨んでいーんだよ。



■私の虐待経験

長いと陰鬱になるから簡単に書く

・3歳で父に、祖父母のところへ捨てられる

・保育園卒園してすぐに再婚した父に引き取られる 

・再婚した母親に、やってもいない罪を定期的に着せられる(おつかいに行くと大体の割合でお釣りが足りないと言われ、それを自分が落としたり余計なものを使ったりゲームをしたのだと言われる)

・3分遅刻で家に入れてもらえなくなる 真冬に外で狂ったように泣くが相手にされない

・母にパチンコに連れて行かれ、車で2~3時間夏場の車の中で待たされる 当然エンジンはついてない

・母の親戚の家で真冬に外で車の中で4時間以上夜待たされる。待っていろと言われたのでトイレにも行けない。

・あまりに毎日が辛いので祖父母の家に逃げ帰り住む

・ある日から祖父母の包丁を持ち出す殺し合いのような怒号の喧嘩が定期的に始まる

・癇癪持ちで怒鳴りグセのある祖父に毎日怯えて過ごす

・癇癪持ちなのに更に食事マナーなどに異常に厳しく、食事中に怒鳴られるというか脅される(本人が完璧でもないのに)

・祖母から周囲の親の悪口を毎日聞かされこの家がいかに素晴らしいかを説かれる

・その悪口の内容は当然父親も含まれる(父親はめったに家に帰ってこない存在だった)

・祖父の癇癪のピーク時は包丁片手に脅される

 だいたい保育園から小学校卒業までこんな感じ。結構虐待されてると思います。あとこの間父親は一切助けてはくれませんでした。幸いというのか、身体に直接タバコを押し付けられたとかぶん殴られたとか、そういう身体的な虐待は無かったです。

あとは後に再度再婚した片親の兄姉の出来が大変良くて、よく父親に「お前も見習え」みたいなことを言われました。

ロクに自分を育てる場に居なかったくせに今更何言ってんだろうこいつ本当にバカなんだな、と心から思いました。

あとは「何かを教える」ということは全くしてくれない親でした。友達の作り方も、会話の仕方も勉強の仕方も、生き方も。みんなが知ってる事を私は何も知らない。情報源はテレビだけ。だからいつも恥をかきました。

映画BADBOYSの中でウィル・スミスが息子にヒゲの剃り方を教えるシーンが子供の頃の自分にはなんとも言えない気持ちを湧き起こさせるのでした。 


■虐待により起きた障害とか自分に芽生えた特性

・自分の言葉に全く自信が持てない。ずっと嘘つきだと言われ続けてきたせいなのか、相手に「それって本当?」みたいなことを言われると自信が無くなる。そのせいで相手も不安になる。

・大きな物音を聞くと不安になりパニックになる

・他人との約束に強迫観念を常に持つ 約束を守れないまま嘘つきになるのが怖い そして結局守れなくて相手を落ち込ませる

・だから他人との関わりを極力持ちたくなくなってしまった

・短期的な記憶力が全然無くなる(嘘つき呼ばわりされ続けて来たことで記憶に自信が無くなった? その機能を捨ててしまった?)

・誰のことも信用しない 一定の距離を置く

・かと思えば特定の人にべったりくっつく(依存する)

・人への頼り方がわからず、全部一人で抱え込もうとする

・一人遊び大好き 

・辛い時の感情の逃げ口が主に「よし自殺しよう」「誰か自分のこと殺してくれないかな」というもの。どうやって死のうかな、と「死」がいつもつきまとう。

・辛いとよく自傷する。自分を極端に卑下したり、ぶん殴ったりする。リスカまでは無い。

・めちゃくちゃ打たれ弱い 他人の些細なマイナス評価に動悸が起こり、すぐに破滅思考に向かう。

・とにかく悲観的

・生真面目

・家で褒められて来なかったから、他人の評価に評価されたくて仕方ない 評価されないと心が死ぬ


■安全基地になれない親

 子どもは心を発達させる上で「自尊心」を作り上げる必要があります。自分を尊重する力。これが育つほど、子どもは日々の暮らしの中で自分の心を自分で守り大切にする力を手に入れていきます。

 子どもを虐待する親はこの、子どもにとって一番大切な発達を阻害します。子どもにとって安心できる場所を奪うのです。

 安全基地を奪われた子どもは自尊心が未発達になり、自分の行動や言動、あらゆる面に自信を持てなくなります。

 自信が無ければ子どもは成長の家庭で様々な場面で消極的な悩みから一歩踏みとどまってしまいます。周りが勉強を覚えたり歌を上手く歌ったり、友達と仲良くしていっている最中、自信が無いことで一歩一歩、周りから取り残されていきます。


■子どもの精神的な圧迫は指示待ちを生む

 また、虐待は子どもの成長を妨げるだけでなく、抑制さえしてしまいます。子供に対して厳格に接して、間違いがあれば怒鳴って叱りつけることで、子どもはたしかに言うことを聞くようになりますがそれは単に「親のGOサインが無いと何も行動出来ない」という事につながります。

 これがまだ親ならいいのですが、学校社会に出ても、本格的な社会に出てもこんなことが続きます。健全な人から見るとこれが「指示待ち」に映ってしまうわけです。挙句「楽だから責任とらないように指示待ちしてるんだろう」というような評価になります。

 でも楽なんじゃなく、その人は「自分は勝手な判断はしてはいけない」と思っているのです。恐怖心のレベルで。判断していいならしたいのです。だけど少しでも他人が絡むと、誰かの意にそぐわなかったらどうしよう、と強烈な不安に襲われるわけです。

 だから結果的に指示を待つ方が精神衛生上良く、またあるいは他人の事を一切気にしないという極端な行動に走るわけです。


■同世代からの攻撃

 よく覚えているのが、私が高校時代に若さゆえに集団の会話の中で親のせいで自分のこれこれがダメなのだと言った時。その会話の輪の中にいた女子がものすごくキレて私にまくしたてました。

 親をそんな風に言うなんて信じられない。自分でなんとかしようとしないお前がクズだ。

 そんなようなことを言われた気がします。彼女は家が裕福ではなく、頑張っている母親のために自分も働いているのだと言っていました。「お前みたいな親を悪く言うクズが大嫌いだ 男のくせに情けない奴 卑怯者」とものすごく怒られました。周囲みんながいる前で。

 私は彼女に人前で恥をかかされた怒りと、尊敬できる親が居ることへの羨望と、惨めさとでそれ以来高校で誰かと家のことを話すことをやめました。そうして孤立しました。彼女が素晴らしい意見を言っていることは十分わかってるし、自分がダメだということだって分かっているから、余計にその彼女の怒りがただただ辛かったのを記憶しています。 

 同世代からの正論というのが、虐待を受けた自分にとっては更に重い一撃となりました。


■メディアからの攻撃

 テレビで発信される親の素晴らしさ。家族は素晴らしい。親に感謝しよう。そうなのかぁ。それに加えて親に恵まれた同世代の人々の正論。

 私は自分だけが狂った人間なんだなぁと辛くなりました。この頃から自殺願望が強くなり、ちょうど使い始めたPCでよく「自殺 簡単な方法」というのを調べました。こんなに苦しいのに誰も助けてくれないなら死ぬしかないなぁと毎日何かしらのタイミングで泣いてました。

 頭がおかしくなってそのまま死ねばいいのにと、辛くて頭が痛いときは壁に思いきり頭に打ち付けましたが、そんな程度では人間は死にませんでした。ネクタイで首を絞めましたがやっぱりダメでした。死ぬのは怖かったです。


■助けてくれたもの

 私を助けてくれたのはTVゲームでした。ゲームをしてる時だけは脳が辛いことを考えなくて済んだので。

 あとは高校生の時代に聞いていた、深夜のTBSラジオの伊集院光さんのラジオでした。高校時代は家も学校も本当に辛い場所でしかなく、そんな時期に自分の事を痴豚だと卑下しながらリスナーを笑わせるトーク力と毎度毎度の下品で最低な企画に「来週もとりあえず聞こう」という生きる勇気をもらっていました。

 自分を徹底的に卑下する笑いのとり方というのは当時はあまりテレビでは見ないタイプで、その独特の自虐っぷりと自分の全てのプライドを捨てるかのような体当たりっぷりに涙を流しながら大笑いしていました。

 伊集院さんこの場を借りて唐突にですがありがとう。貴方の笑いがなければ私はもう本当にダメだったかもしれない。私の自虐ルーツは実は貴方にあるのです。似ても似つかないですが。

 ちなみに親は深夜部屋から聞こえる私の笑い声に、私が狂ってしまったんじゃないかと心配したそうです。とっくの昔に狂ってるのにまだ気づいて無かったのでしょうか。


■子どもは、子ども時代に親無しに生きられない

 話は戻りまして。子どもというのは経済的な独立を果たすまでは、どうしたって親無しでは生きられません。どんなに辛いことがあっても耐えなければ生きていけないのです。

 虐待する親はこのことを良くわかっています。だから子が何と言おうと「お前だれのお陰でご飯が食べられてると思ってるんだ」とか「親に向かってなんだその態度は」などと言ってきます。


■社会に出れば親はただ自分より長く生きて、一緒に長く暮らした人だと気づく

 親もただの人だというのが、独立することでようやくわかってきます。今学生で辛い人は経済的独立までの辛抱です。 せめて、辛さを共有できる仲間や、ネット上の理解者などを探して自分の心の摩耗をしすぎないように対策をしましょう。


■分かり合うことを諦める

 虐待親と分かり合うというのは多分無理だと思います。なぜって、こちらが「虐待された」と受け取った記憶は、虐待親にとっては「仕方のなかったこと」とか「大したことはしていない」とかそういうものなのです。認識があまりにも違いすぎるのです。

 だから、変に期待して「きっと分かり合えるはず」なんて思ってはいけません。貴方の希望はおそらく無駄に終わります。踏みにじられます。親側が本当に理解を示さない限り、「虐待された側」と「虐待した側」の認識差により苦しむのは子だけなのです

 例えばテレビに映る殺人犯の境遇に「それは…そういう衝動に走るのも仕方ないか…」とちょっとだけ同情してしまうようなことがあったとしても、自分の恋人や子どもが同じ目に遭って果たして犯人に同情できるかという話です。

 分かり合えるというのが難しいと考えた方が良いのです。周りがなんと言おうと。


■全部親のせいにして、自分で抱え込まない

 自分の自信のなさ生きづらさなどに親を関連付けることは良くないと、自分で抱え込む人が居ます。でも人間は常に何かに影響されて自分を形成していくのです。それが自然の摂理。

 自分のこれまでの人生が自分だけの責任だというのは自然の摂理に反する考え方であり、発達に関わる全ての時間を最も寝食をともにしてきた親からの影響が強いにきまっているのです。

 だから虐待されたことに対して自分のせいだなど微塵も考えてはいけません。虐待は加害側の責任です。いじめも、いじめられた側に原因があるなどと言われることもありますが、因子がたとえあろうとも手を出した側が悪い、それだけのシンプルなことです。


■他人に「親のせいで」と言うのはただの逃避マンなので注意

 あんまり心象良くないんですよね。特に社会に出てから「親が~」って言葉は。「一般的な社会」では親から自立した子は、「大人」の扱いなので、親のせいにするのは子供じみた発想という扱いになります。残念。


■虐待受けた人は強い人なのか?

 たまに耳にするのが「それだけ大変な思いをしてきたのだから、貴方は強いんだよ」というもの。

 強くないです。めちゃくちゃ傷つきやすくて辛いです。自尊心がないからすぐに涙目になるよ。自尊心が無いから受け身のとり方が分からないんだよ。全部の言葉が自分に突き刺さって、些細なことで心が折れるんよ。

 周りに異常に打たれ弱い人が居たら、その人は「甘えてる」とかじゃなくて成長過程で自分にまったく自信をつける環境が無かったのだと思います。大人になってからの「甘え」って簡単な一言で済むものではないんじゃないかと思います。別にその人を許せるかどうかは置いといて。


■結論

 虐待親は恨んで良し。たいていそういう親ほど子供時代にその親もまた虐待されていたという悲しい過去を背負っていたりするものですが、そんなものに自分が同情することはないのです。貴方の人生が虐待によってめちゃくちゃにされた事実だけが大事なのです。

 なので親をちゃんと恨んで、憎しみは全部親に背負わせて。その上で自分のこれからの人生を自分のために作り上げるのが良いのだと思います。



 ところで余談ですが、同じような家庭水準や環境のもと、虐待する親とそうでない親のどちらで育てば子どもは幸せだと思う?と問えば、誰もが虐待の無い親元がいいに決まっていると言うはずです。ところが虐待されている人について、主に同じように辛い目に遭っている人から出る言葉は「うちよりマシ」とか「○○て人の過去はもっと凄まじい」などの、虐待比較が始まります。

 長くなるので割愛しますが、私はどんな理由があろうと虐待する親は絶対許すべきではないし、一ミリたりともその考え方に理解を示そうなんて考えないほうが良いと思います。