別に隠していないけど、テレビなどメディアがなかなか表に出さないし、こういうことを話すとすぐ汚いだのなんだのと言われるからなかなか語られない話題。加えて情報商材だなんだがすぐに跋扈するからなんかもう本当にこの界隈の話題は酷い。

 自分がクリーンだなんて自惚れたことは言いませんが、別に情報商材に導くわけでもなんでもなくただ単に感じているお金についての話題を。



■お金が無くても幸せ?

 よくお金の話を煙に巻くときに使われる考え方がこの「お金が無くたって幸せになれる」という話です。これって例えると「どの肉が食べたい?」って話をしてるのに「野菜を摂ると健康になるよ」という返答を食らってるようなもんで。肉の話をしてるんだよ肉の。

 別にお金が無くたって幸せを感じようと思えば感じられるのですよ。他人と比較せずに自分達の日々の営みに対して幸せを感じられるようにする、とか、家族や友人を大切にする、とか、お金の掛からない趣味を楽しむ、とか。

 多少乱暴に言えば、幸せなんて本人がどう感じるか、本人が認識する世界を変えればそれで解決するのです。でもお金の話は別の話。

 だからお金の有無をすぐに幸福論に結びつける考え方はちょっと待った。


■お金を理解しよう

 お金は万能ツールです。ご飯を食べるツールにもなるし、勉学の選択をするツールにもなるし、自分の身なりを整えるツールにもなるし、病気になったら医療を受けるツールにもなるし、銀行や他社への信用になったりもする。

 お金は選択肢を買うためのツールです。例えば貯蓄10万円と1000万円であれば、そのお金で買える自由な時間というのは大きく違ってきます。

 お金は何のために必要なのかというと、自分の人生の選択肢を購入するために必要。お金が無いということは選択肢を失っていること。これが幸せかどうかには直結しないですよね。


■例え話:お金の有無と技術研究の比較

 100万円の種銭しか無いのと、1000万円の種銭で同種の技術研究をした場合(必要経費はおおよそ1000万円とします)、後者は足りない費用を賄うために空いた時間を別の仕事を行いながら賄ってきます。

 一方で1000万円の種銭があれば、空いた時間はゆっくり休んで英気を養い研究に必要な学習を行い、一層の研究に没頭します。

 お金に余裕がないから、時間や体力を削って研究費を稼いで、なんとかしようとする。お金に余裕があるから、全ての時間を研究に注ぐ。

 前者は研究にかけられる時間は8時間として。後者は10時間とします。5日間稼働としたって10時間の開きが毎週生まれてきます。 年間で500時間ほどの開き。

 もちろん前者であっても天才的な発想で、1000万円必要とされた研究をわずか100万円で収めてしまう人も居ます。でも皆が皆天才ではありません。平均的に考えれば知恵を振り絞ったり体力を削っていいとこ700万円に収める、などが関の山です。

 どうあったって、お金持ってる方が時間を得られるのです。


■お金を絞って知恵を絞れと、国家単位で推奨してる件

 ちなみに日本の教育に対する公的支出は先進国の中でも非常に低水準だそうで、論文の競争力も低水準。金をかけず知恵を絞れ、がいかに無理な話をしているかというのがわかると思います。

 奨学金も学力が優秀だから学費後払いでいいよ、っていうだけのシステムでなんじゃそりゃ、ですからね。


■お金大事

 どうしたって、金が無ければ自分の武器を作ることも研究をすることも仕事の技術を開発することも、仕入れをすることも、余裕のある生活をして精神の健康を保つことも、なにも出来ないのです。

 このお金はあらゆる意味で大事だ、ということをなんとなく有耶無耶にして隠すのが大人のたしなみになっているのがなんとも、ウーンなところですね。お金大事。

 こうなると、これも汚い話にされがちですけど、でもお金払ってくれる人は大事なわけです。お金の話をしっかりしてくれる人は大事。有耶無耶にする人は、なんかチガウ。 どんなに人徳があろうと、お金の話を煙に巻く人には注意なのです。


■それでもお金に振り回されませんよう

 お金は先述の通りあくまでツール。あまりにお金お金ばかりを見すぎて、今目の前で自分が行うべきこと、世の中で行われるべきことは何か、というのを見失わないよう。お金を追いかけたからお金が降ってくるわけでは決してありませんので。。。