社会人になるとこういう問答に悩まされる人も居ると思います。辛さが押し寄せる。この辛さが押し寄せる案件に対し、ただの出来ない人間はどう対処していったらいいのかという覚書。



■「自分で考えろ」を額面通りに受け取ってはいけない

 会社員であればまずこれを額面通りに受け取ることが失態の始まりです。「自分で考えろ」というのは「私がこれまで教えてきたことや、私のことやチームのことを考えて自分で考えてね」という意味であって「貴方に自由におまかせしますよ」という話ではない。

 ここを勘違いすることが悲劇の始まりだといっても過言ではない。こんなのはマネジメント側のミスだと言えばそれで済む話でもあるけども、人類皆わかりやすい言葉を発するようには出来ていない。人間同士のやりとりは常に行間の読み合いになっています。


■郷に入りては郷に従え

 古くからあるこの言葉ですが、コミュニティの中で円滑な関係性を築く上では非常に大切な心構えなのだということが改めて分かります。ですから「自分で考えろ」の考え方についても郷に従ったうえでのものになります。


■郷に従うなら、郷を研究する

 散見するのが、郷がそもそも何なのか分からずに混乱する新入社員。会社側の情報提示がうまくいってない場合もあるし、社員側が読み取ろうとする努力を怠ったという場合もあります。

 組織に入る以上はその組織の癖や上司側の考え方などには常に目を光らせておく必要があります。郷に従えを「とりあえず上司に言われるままに従う」に勘違いしがちな人が居ますが、郷は会社全体の指針みたいなものです。

 郷への理解はその会社での生きやすさを手にする上で必要不可欠です。(その上で郷に染まるか反発するかはまた別として)


■相談に来ないのを怒られる理由

 題字の件についてですが、これもまた何通りか考え方があります。

1.部下にある程度の裁量を与える方向性
2.部下のことを全然考えてないという方向性
3.私情の方向性

 1についてはこれまで話してきたことの延長上です。裁量を与えながらある程度の意思疎通も含めて部下に委ね、仕事として任せる指針。「自分で考えて」というのはある意味、仕事としての信用において任せているという意味合いが込められてきます。この場合そもそも上司側もそこまで放置はしないとは思うので、部下側がよっぽど仕事を隠したり報告しない、などが無ければこのような事態には陥りにくいとは思うのですが。

 2については、1のように裁量を与えるものの1とは逆に部下の行動に関心を抱かない上司の下で発生する類のもの。部下の行動を悪い意味で全くチェックしない。チェックしなかった上で相談に来なかった部下を叱る。「何故相談に来ない」と。これについては部下側は報連相を果たしているならばそこまで責任に感じることは無く、どちらかというと上司側の不手際を責める側になります。

 3については、会社が幼稚園化して根性論などが跋扈する場所で起こる話。これについてはなんというか…上司の「機嫌」をとれなかった場合に起こるもので…対処法は…上司の機嫌をとる…。なんじゃそりゃ、なんですけど、そういうことです。嫌ですねぇ。


■ちなみにダブルバインドにも安易になるから気をつけよう

 Aをするな→何故Aをしない

 この問いかけはいわゆるダブルバインドといって「結局どっちが正しいの?」という矛盾を相手に持ちかけるものです。このダブルバインドは特に「真面目で責任感が強い」と言われる人たちが悩みます。

 矛盾したどちらの条件も責任としてこなさなければならないのだと、思うが最後、あっという間に脳がショートします。答えはもっと別のCとかFとかなのかもしれないのに。

 ダブルバインドになると心が萎えます。責任を果たせないから自信も失っていきます。そうするなかで「それだっら黙って言うこと聞いてる方が良いや、と諦めが発生します。

 はい、指示待ち人間の完成です。親子関係にも起こりがち。

 ダブルバインド持ちかける側も、持ちかけられる側も十分に注意したいものです。


■ともあれ

 自分で考えろというのは、思ったよりも制約があるのだろうと捉えておくのが良いです。その上で、何より大切なのは相手をとにかく観察するということですね。他人に関心を持てない私には本当に大変な指示でした、この「自分で考えろ」というものは。