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 なんせ私は人見知りだった。もうとにかく自分で自分が嫌になるほどに完膚なきまでに人見知りだった。初めての人に会うのがたまらなく嫌だったし、久しぶりの友達に会うのも嫌だった。とにかく人に会うのが嫌だった。

 だけど最近少しマシになった。何故マシになったのか少し考えてみた。


■悪循環の学生時代

 人見知りというのは特に学生時代にあっという間に悪循環を生みます。特に進学することでこれまでの関係性が総入れ替えになる時期。これがキツイ。

 この時人見知りが発動すると、スタートダッシュでの友達作りにまず失敗し、輪に入れずに孤立し、その孤立感によりいたたまれなくなり萎縮し、その萎縮により更に輪に入る機会を失う。部活などに入ったとしても、部活の先にも既にコミュニティが出来上がっているとそこでも居場所を失う。

 私も今やおっさんなので感覚が分からないが最近はクラスLINEグループによるカーストが成り立っていると聞く。ぶっちゃけ私の頃より遥かに辛そう。

 さて学生時代は人見知りによるスタートダッシュ失敗が致命的。実体験しているので間違いない。加えて大きな学校だとコミュニティが分散するから更に所属が難しくなる。

とにかく人見知りで新環境に適合出来ないのは手痛い。


■社会に出てから

 さて人見知りのまま社会に出ると、厳しい。慣れ親しんだ人同士で完結する仕事はあまり存在しない。常日頃から初めましてに始まり、お互いの組織としての立場の紹介会社の紹介などをしながら「今後ともよろしくお願いします」なんてやりとりが日常茶飯事なわけです。 これが出来る人と出来ない人との差というのは日々大きく開いていく。

 でも一方で社会に出ると、ある程度人見知りな部分を別の技術でフォローしてお金を稼ぐみたいなやり方が出来るから、実は学生時代ほど辛くない。勿論手に職がつけば。しかし加齢と共にそうも言ってられないような場面が増えてくる。誰しも冠婚葬祭とかありますよね。


■そもそもなんで人見知りなのか

 人見知りのきっかけは勿論人それぞれだと思うので、具体的な理由については言及出来ないと思います。だけどその考え方の根本にあるものはある程度指摘出来て。一つは「自分にとにかく自信がないこと」それから「自分の理想を高く持ちすぎていること」などが上げられます。

 どうしてそういう精神状態が根付いてしまったのかについてはそれぞれが育った環境が違うので何とも言えないけども、概ね親の期待値が高いとか、親が子どもの意見尊重をしてこなかったとかがきっかけだったりします。


■変化のきっかけ

 さて私事に戻りまして。ひどい人見知りだった私ですが、ここ数年かけてじっくり直してます。どう直したかというと、なるべく身なりに気をつけるとか、なるべく勉強するとか、そういうまぁ普通のことです。とにかく、外の人とまともに話したい!という思いから一時期、外向けの自分作りのことばかり考えていました。


■認知の歪みを正す

 人見知りは、極端なあがり症などを併発します。このせいで「人見知りが発動してしまったせいで今回も上手く行かなかった」という自己否定モードが発生します。

 この自己否定が生まれた時、「自分が今これを頑張ってるんだから、人見知りが出ちゃっても大丈夫だ」という「代わりの自信になるもの」を常に持っておくことで自己否定モードから早めに抜け出せるわけです。

 何か失敗があった時、自分のこれまでを否定して自分が無価値な人間だと思うのは、認知の歪みであるとされています。何か自分の中に自信を持っているというのは、この認知の歪みを正す効果があります。


■「爪を綺麗にする」という考え方

 先日「世界一受けたい授業」という番組で、人見知りを直すには「爪を綺麗にする」という考え方があるとされていました。街頭でティッシュ配りを人見知りの人に30分してもらい、もう30分を爪を綺麗にして再挑戦してもらったところ、ティッシュの配った枚数がかなり上がったという結果が出ました。

 番組曰く、自分が常に見える所で確認出来るのが指先で、その指先が綺麗であるということが自然と自信に繋がり、それによって人見知りが軽減出来るのだというのです。男女共に結果が良くなったというのが驚きです。

 私も若い頃はなんせ身なりにお金をかけず、お金のかけかたもあまり分からずで悪循環をしてきたので、常に自分に自信がありませんでした。加えて髪もくせ毛だし。声も小さく、その小ささを指摘されるとますます萎縮するという具合にとにかく何もかもが自分の自信を喪失させ人見知りを誘発させるような仕組みになっていました。

 自分に自信が無くなることであらゆることをネガティブに紐付けて更に対人の自信を失っていっていたわけですね。なので形から、身なりから頑張って直し始めたのはその当時は人見知りをどうにかしようとかまで考えてませんでしたが結果としては良い結果へと繋がりました。


■人見知りの本質は多分変わらない

 とまぁそんな感じに私は現在人見知りを克服したぞーみたいな流れのになりそうですが、実際はそんなに克服してません。未だに初めて会う人の前ではテンパるし緊張して汗かきまくるし。

 自信が自分にある程度ついたと言えど、根っこの性格部分まで人見知りが染み付いてしまっているようで、まだまだ前途多難だなぁと感じます。


■克服→ある程度制御する

 というわけで多分人見知りは、克服する、というよりは、ある程度自分の中で制御をしていく、というものなのだと思います。そのために、ある程度上っ面でもいいから外見を磨いたり、付け焼き刃でもいいからまずは勉強してみたりする。

 自分が「ここだったら外に見せても恥ずかしくない」と思える部分を一つずつ作っていく。これが人見知り制御方法なのだと思います。