相手の話を一切聞かず、自分の思っていることだけをただただ相手に押し付ける人が居ます。そんな人と一緒にいるとどうなるのかというと「他人に説明をすることを諦める」ようになってしまうのですね。



■何を話そうと聞き入れられないと悟った

 私個人の話ですが、昔から「自分の意見」というものを全く尊重されない家庭で育ちました。まぁよくある「子どもは●●すべき論」で育ちました。凄いですよ、何いっても「子どもだから分からないでしょ」とか「親が言うんだからそうだ」とか「親だからこんなこと言ってあげられるんだよ」とか、まるでコチラの話を汲み取る姿勢が無い。

そんな家で育つとどうなるか。

諦めるんです、これが。

何をって。


■少しでも他人と意思疎通の不和が起こると諦める

 つまり人と折衝しないんです。何かいざこざが起こって意見が衝突しそうだなと思ったら、諦めるんです。「だって自分の意見なんて聞き入れられないだろうから」。

 何か自分が伝えたことが間違った広がり方をしていたりとか、自分が本来思っていたことと違った言葉尻を掴まれてしまったりとか、そういう自分の不都合があったとしても、諦めるんです。「どうせ言ったって無駄だし手間だから」


■他人は酷く嫌な思いをする

 そんなことを続けているとうなるかというと、周囲からしたらとんでもなく自分たちがバカにされているように感じたり、あるいは誤った印象を引っ張ってしまいます。その誤った情報により実際の私との齟齬が深刻になり、期待はずれ感を与えてしまったりなどします。


■他人から言われるまで、必要なことすら喋らなくなる

 とにかく自分の意見なんて取り入れられないし、喋るのも億劫だから…なんてのを続けているうちに、その情報は共有してしかるべきだろ、みたいなことまで全部まとめて諦めて放り出してしまいます。

結果、「聞かれなかったから言わなかった」というクソ野郎の出来上がりです。


■あるいは喋る内容も意味不明になっていく

 そうした生活が仇になり、他人への説明や説得を諦め続けることで、相手に伝える努力・能力が全く発達していかなくなります。結果、著しく主語が抜けた会話ばかりしたり、話の切れ目が意味不明だったり。

「君話してて疲れるわ。全部こっちが君の考えていること汲み取ってあげなきゃいけないから」

という相手になってしまいます。超つらい。


■意思疎通しないから他人に対して極端な諦めが生まれる

 更に悪循環で、こうして他人にがっかりされる経験などを重ねることで、他人に対して異様な損切りをするようになります。少しでも嫌なことがあったら「もういいや」と諦めてバッサリと切り捨てていく。

良い方向に進むと経営者とかになっていくのかもしれませんが、普通の生活でこんなことされてたら付き合う人間はたまったもんじゃないから、人が周りから去っていきます。


■反動で話を聞いてくれる人にベラベラしつこいくらい喋る

 そんなことを繰り返しながらも、そんな自分の事を気に入ってくれる人は稀に現れます。するとその人におんぶに抱っこで、「この人は自分の話を聞いてくれる」と自分のことばーっかり喋り続けます。

 そりゃそうです、今までロクに話も聞いてもらえなかった人生だったのに、好意を持ってくれるということは関心を向けてもらえるということですから。そうして相手が疲れていくことにも気づかずに。


■そんな私みたいな人間にとっての会話の心構え

 私は心構えとしてたまに思い直す幾つかの事柄があります。

「どうしても喋りたくて仕方ない内容は10あるうちの3くらい話すのにとどめておけ。あるいは3まで凝縮しろ。あとは相手の話を聞け。話したいと思っていることは延々と喋れるけど相手を疲れさせるだけだぞ」

「嫌だな話したくないな、と思う内容は10あるうちの7以上は話せ。ちゃんと伝えないと余計面倒なことになるぞ」

だいたいコレ意識してると、余計なトラブル避けられます。


■他人の意見を聞かない人と居続けると狂う 気をつけよう

 いやぁ厄介ですよ、未だに全然制御出来ないですから、この「他人に物事を伝える能力の欠如」と「極端な諦め」は。よくブログ書いてても、読み直したら意味分からない文章ありますから…。

 是非私みたいな奴を反面教師にしてもらって、特に親子関係では子どもの意見を尊重していただきたいですし、上司部下の関係とかなんでもいいのですけどとにかく「他人の意見を聞かない」という環境がいかにコミュニケーション能力が酷い人間を作り上げてしまうか、というのが周知されればなんて思うのでした。

他人の意見を聞かない人 (角川新書)
KADOKAWA/角川マガジンズ
2015-03-06