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先日話題になっていたこちらの記事。


短いコミックイラストながらアメリカの格差問題について語られた内容でした。自分の周囲見渡してもそうだよなぁ、と少し思うところがあったので感じたこと、感じていることをつらつらと。



■当たり前だけど、努力は報われる場合とそうじゃない場合がある

 「努力は必ず報われる」というような言い方をする成功者の方々もおります。多くの成功した人は努力してきて成功してるんだから、そりゃそういう言い方をするでしょう。

 プロ野球選手の人たちに聞いたら「いやー努力はしてなかったですけどたまたま…」なんて言う人はまず居ない。みんな多かれ少なかれ何らかの努力はしている。でも運とか、家庭環境とか、入った学校とか、そういった環境のちょっとした違いの積み重ねで人の努力の成果は変わってきてしまう。

 成功した人が「もし仮に日本じゃなく経済途上の国に生まれたらどうする」のような質問に対して「どこでだってやっていけると思う」みたいなことを答える様子なんかを見る。それくらい自分に自信があるからやっていけているのだとは思うけど、実際にそれは無理でしょう。

 昔バタフライ・エフェクトという映画が流行りました。昨今コンテンツ界隈の「ループもの」の礎になったような作品です。小さな因果の変化で未来はどこまでも大きく変わってしまう「中国で蝶が羽ばたけばアメリカで竜巻が起こる」それくらい世の中は深い因果が結びついている、というような考え方がテーマにある作品です。

 昔からタイムリープものはたくさんありましたが、この作品は因果を題材にしたのがウケたのですね。と、映画の批評は良いとして。

 努力はみんなしている。個人の努力の差なんていいとこ2~3倍くらいしか差が無いでしょう。でも与えられる環境では全く埋められないものがある。環境によって努力の報われる率は大きく変化していく。しかも個人の意思ではどうにもしようが無い程に社会的格差は広がっている。(トランプ支持層が今回どうして多かったのかという理由にもなるのではと)


■順風満帆ではない家庭の子が成功するにはサイコパスである必要性?


 現在の経済で成功を収めたいのなら、成功の道筋にいかに幼少期の頃から乗せられているかが大切であるかというのがわかります。でも、そうした道に乗れなかった人たちにも起業などして成功する者がいます。

 その彼らのことを調べると、サイコパスである率が高いのだとか…。彼らの特徴として冷酷さや共感性の無さが挙げられますが、反面恐怖をものともしないという特徴も持ちます。それが他者の顔色なども気にせず脇目も振らずに突っ走る個性となり、成功の道を着実に歩む人を時に追い抜いていくのでしょう。

 ちなみにサイコパスは男性に多いようなので、男性起業家が多いのはある意味必然なのでしょう。


■努力出来ない環境・努力が報われない環境って何か

 努力が出来ない環境、報われない環境なんてあるんだろうか、と思う人は居ると思うのですが。これは実に簡単なことで、努力の成果を認めてくれる人が周囲に居なかったり、むしろ否定されたり。自分に関心を向けられなかったり。

 努力の成果に対して「すごいな、よく頑張った」と言われ続けるのと、「どうしてこんな程度のことしか出来ないの」と言われ続けるのとだと、大きな差なわけですね。これは個人差の努力がどうこう以前の問題が起こっているわけです。こんな環境は体験しなければ想像もつかないわけです。


■環境を変える努力がまず有効であると感じてます

 何度かブログでは触れてきていますが、私は限られた時間の中でどのような努力をしたらいいのだろうかという悩みについていつも「まず環境を変えることに努めるのが良い」と言ってます。

 私自身踏み出す前は超絶コミュ障で能力も低く(今もそうだけど)とにかく「自分なんかが外に出たってロクなことにならない」と思ってました。今も鬱々とする日はそう思うこともあります。だから、この自分をまず変えないと外になんて出れないとは思ってました。

 しかし外に無理やり出て、喋らざるをえない環境、自分より優れた人と出会う環境、そうしたものをいっぱい経験。そこで考え方を取り入れたり、自分が普段置かれている環境とは異質な場所に接するうちに、自分が作り変えられていくのを感じて。何に対して努力をしたらいいのかが自分なりに見えてきたのでした。

 人の努力というのは些細なものだと感じています。努力しようがしまいが、ある程度の能力は生まれ育った場所で身につくし、社会的成功の轍をうまく踏んできた人との差はすでに生まれています。

 この差はどうしようもないけど、環境によってある程度埋められるし、あとは先述したサイコパス的な能力を発揮することで更に埋められるのだと思います。でも別に他人の成功を後追いする必要だって無いんですけどね。


■努力論は必要だと思うけど、盲信はしなくて良いと思う

 本題のテーマは、些細な環境の差によって開く格差を題材にしていました。その環境に目を向けない人が成功の秘訣を語るという風刺。人にはそれぞれの世界があってしかるべきですから、恵まれた環境の人の言うことはやっぱり駄目だ、というつもりはなく。

 ただ社会全体として目に見える形でこうした差が生まれているのはやっぱり事実だから、今後は様々な不公平さによる怒りが表面化していきそうな、そんな2017年になりそうだななんて感じるのでした。

 あとはミクロな観点で言えば、家庭や所属組織なども努力を台無しにするような場は多々あり、そうしたものの見方考え方が少しでも変化していけば、もう少し社会全体が生きやすくなりそうなのになぁ、なんてただの戯言になってしまいました。

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2005-10-21