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 私の周囲には「私は被害者なの」と、いつも可哀そうな立場に立たされる人が居ます。話しをウンウンと聞いていると、言っていることは分からなくもないのですが、どうにもこれ、近くに居続けると暗示に近いものがかけられるなと危険視してます。



■うちの祖母はいつでも可哀そうな立場だった

 祖父が生きていた頃は主に祖父の癇癪によってかなり可哀そうな立場でした。具体的な表記は避けるが、正直モラハラパワハラと散々な日々でした。私も被害を受けました。しかし祖母は今更他に行く宛も無いから、我慢して耐えてました。

その代わり私にいかに自分が可哀そうで、私が可哀そうかを切々と説いてました。でも祖父の事を悪く言うことは不思議とあまりありませんでした。

そんな祖父が死んでから、私は進学のため家を離れました。一人で独立した生活をして段々と実家での親子関係から社会との付き合いに気持ちが切り替わった頃、改めてに祖母と話すと違和感が浮き彫りになりました。


■自分がいかに大変で苦労をして被害者なのかを語るためには誇張や拡大解釈などが混ざっていく

 祖母は嫌なことがあると、自分がいかに被害者であるかをまず語ることに終始しているようでした。

 また同時に大人として親として自分の立場がいかに上であるかを相手に示し、そのために事実を捻じ曲げ自分の都合の良いように変換し、自分が相手よりも下の人間であることを前提に接してきます。

 自分は可哀そうであり被害者であり、そうした可哀そうな人間に対して味方をしろと周囲の意見も捻じ曲げ、相手の人間性を尊重せずに緩やかに脅してくるのです。

 でも当人は自分が他人にマインドコントロールをしようと思っているだなんて微塵も感じていないのです。だから反論があるとさらに傷つき、殻に閉じこもる素振りを見せ相手に罪悪感を与えさせようとする。

 罪悪感を感じていないようであれば、その態度について糾弾する。こんなに私は苦しんでいるのに、お前は祖母に向かって何なんだ、と。


■可哀そうな自分を利用して味方に引き込む方法は実際ある

 何をしたらいいって、気をつけたほうが良いとだけ。感情ベースにいかに自分が可哀そうな存在なのか、周囲が悪なのかなどを語り始める人が居る場合に、真っ向からその感情を受け止めきってはいけないと思います。


■別に得るものもなく

 ただ、世の中には「かわいそうな自分」を軸に自分の味方を作ろうとする人は結構居て、心の弱い人の罪悪感に付け込んできたりします。これは立派なマインドコントロールですから、感情ベースで人の注意を惹こうとする相手と接する時は注意した方が良いですよーという話でした。