今やっていることに何かブレを感じたり、どうにも道が見えなくなってしまったり。今の自分が本来の自分でないような錯覚に陥る、そんな時がある人はあります。それは自分の軸足が何なのか見えなくなっている証拠なのであります。



■自分が何を考えているのか辿る

意識していても、無意識であっても、自分の軸になるものというのは各々の人に存在しているものです。流されるままの人生だと思っている人でも、よくよく考えればどこかしらに線引はしていると思うのです。

その線引している原典って何だろーっていうのを定期的に思い出さないと、自分の軸が見えなくなってブレがはじまって、自分の納得のいかない選択ばかりして居ることに気付かず、心がドンドコ摩耗していってしまうわけなのですね。

そしてある日心に無意識の急ブレーキがかかる。これ以上はダメだ、これ以上は進んではいけない、と。

自分の気持ちに向き合う時間、自分の軸に向き合う時間を作らないと、自分で自分の制御ができなくなっていってしまうのです。


■私の原典は何だったかなぁと。

こんなこと書いているのは、私自身も少しブレを感じている部分があったので一度情報整理したいなと思ったのがきっかけでございます。

それで、私の原典は多分、自分で先に何かに取り組みはじめてそれが面白かったり役に絶ちそうだったら他人に伝えたいなぁという欲求。あとはとりとめもない情報に振り回されるのが嫌だから、それをまとめたい欲求。家族を大切にしたい欲求。

そして自分が過去に通ってきた意味のない苦しみをなるべく同じ轍を踏む人が居なくなるような何かしらの行動をしたいという願望。

常に表現者でありたいという欲求。新しいものを追いかけ続けたいという欲求。

これがとりあえず表面的な願望やら欲求になってきます。

更にその原典は何かと考えると、多分恩知らずな人間になりたくない。人の傍に寄り添えるようになりたい。傍若無人な家庭に悩まされたから、誰かの役に立つ存在でありたい。だから多分私の軸であり原典は、心が満たされなかった辛い環境にあった過去の環境を否定して乗り越えることを常に求めているのだろうと感じます。

その大本があって、その解決策として表現者であろうとしたり、人より先に進んでみたりという考えが後からついてきているのだと思います。

だからこの考えから乖離するような行動をすると、私は私の心をどんどん痛めつけていくことになり、ある日サイドブレーキを私自身にかけられてしまうのだと思います。


■やりたいことが見つからないのなら軸から考えること

やりたいことが見つからないというのは私は今まで「体験不足」とか「大きいことを考え過ぎ」とかいう風に思っていたのですが、どうやらそれ以外にも「自分の軸が見えていない」というのが問題なんじゃないかなと思うのです。

自分探しの旅として日本一周するなんてことはたまに聞く話ですが、そこで何かを見つけて帰ってくる人はその旅の間おそらく「旅の先で何かやりたいことが見つかるかも」じゃなく「自分の軸は何だったんだろう」と自分の中に向き合う時間を作った人なのではないかと思っています。

こればっかりは他人に委ねられるものじゃないのです。

だからもし今何か自分に対しての違和感を覚えている人は、過去まで遡ってみて自分の本当の心の渇望は何なのだろうかということを問いかけてみると良いと思います。

自分を変えるほんの小さなコツ
野澤卓央
かんき出版
2017-02-03