20161020


 先に結論から言うと、「信用されたいなら自分から本心をさらけ出さないとダメ」というのもあるし「そもそも本心なんてぶつけられたら重い。みんなそれなりに折り合いつけて生きてる」というのもある。いずれにせよ「信用できる人にしか本心を話さない」というのはあまり良くない思考回路。若かりし自分の反省点。

なので今日の記事は単なる私の懺悔みたいなものです。



■自分の本心も見せずに「信用されたい」は都合が良すぎる

 自分がずっと本心を隠しているのに、そういう自分に限って「相手が本心を見せてくれないから信用出来ない いつか自分を裏切るに違いない」と警戒しているわけです。そうやって警戒するから、より本心を隠していくことになります。

結果。


■「◯◯君、何考えてるか分からないから怖い」

ついでに、「何かやらかしそうだから信用できない」と。なかなか心を抉る一言を貰いました。

本心を隠して隠して、でも相手に信用されたいからなるべく丁寧に丁寧に当たり障りなく対応していた結果、上記のようなお言葉をいただきました。しかも一人に言われたわけではなく、何人にも。

でも当時の私には何故そんな事言われるかわからなかったんですよね…だって、必死に頑張って周りに皆に合わせて顔色をちゃんと伺って、その場面場面でなるべく最適と思われるリアクションをして、主張もせず、最低限の受け答えもして、と。

その仕打ちがこれか、と。

心が壊れるかと思いました。多分何回か壊れてます。


■本心を見せるのが怖い理由

 何故自分の本心を相手に見せたいかといえば、それが自分にとっての最上の相手への信用だと思っていたから。何故そういう考えになっていたかといえば、本心というものは見せると大抵嫌な面もあるから。本心とはいわばエゴであり、そのエゴを相手に見せつけるというのは波長が合わなければ不快なものになってしまう

つまり自分が不快な存在だと思われたくないから、エゴを隠す。信用出来る人にだけ、エゴを見せる。もっと掘り下げれば、親のエゴに幼少期から心に不快な傷を負い続けてきたから、エゴを見せることに強い不快感を抱いていた、これが本心かもしれません。

本心を見せるということは、自分にとってものすごくハードルの高いもので、そして不愉快なことでもあり、だからこそ信用できる人、心を許せる人にだけ見せるものだ、と思っていたのでした。


■悪いループ

本心を極力隠す
何を考えているか分からないと警戒される
ちょっとした失敗からの信用の落ち幅が大きい
本心をもっと隠す 不愉快に思われたくないから
ますます何を考えているか分からない存在になり、気味悪がられる
つらい
つらい
つらい


■醜いエゴばかり見てきたから、多種多様なエゴを見つけられなかった

 ずっと自分ばかりが我慢して、自分ばかりが辛い人生なのだと思っていたのでしたが、それが大いに間違いであることに気づかせてくれた人たちがいました。半ばやけっぱちでその時所属していた場所から表に飛び出してみたわけでした。

それまでの私は家と所属組織だけが自分程度がかろうじて存在を許される場だと思っていました。そうやってずっと自分を卑下して卑下し続けていました。卑下しながら、自分を守っていました。守りながら、エゴを振りかざす人たちを見下してさえいました。それは、自分程度が居る集団のレベルが低いからだろう、とさえ思ってました。

でも外に飛び出していろんな人と話してみると、存外世の中の人たちは皆エゴで生きてるもんだと気付かされました。そのエゴを真正面から堂々と主張する人も居れば、なるべく多くの人が不快に思わないようにしながらも自分のエゴをうまく通す、みたいな人も居て。

それまで私はエゴを「醜いだけのもの」と思ってたのですが、そもそもエゴが無きゃ生きていけないし、だけどエゴを振りかざすだけでは敵を作るだけだし、だから皆上手に折り合いをつけながら上手くエゴを操って生きてるんだなぁ、と感じられるようになりました。


■自分の本心を主張するようにした

 ようは世の中皆それなりに本心を主張しながら折り合いつけて生きてるのだから、その中で自分だけが隠そうとしたって、そりゃ気味が悪いわけですよね。なので、怖かったけど、震えながらも思ってること正直に話すようにするようにしてみました。

そうすると、なんとなく人と少しだけ上手く話せるようになりました。毎日、毎日、少しだけ上手くはなせるようになってきました。


■本心を隠してたって、信用出来る人は寄ってこない

 そんなわけで、相手の事信用したいって思うからこそ、自分の本心を上手く伝えるのが大事だな、それがコミュニケーションの基本だな、と思えるようになりました。自分からオープンにならずに相手にオープンさを求めるとか、今にして振り返ればどんだけ自分でサボりながら相手に期待してたんだよ、って話でございました。

口開けてればエサ入れられると思ってる鳥か何かでした。

しかも信用できると思った人には自分の醜悪な部分を晒していいのだ、それで相手が受け入れてくれるのだ、と勘違いしてたわけですから。重たいばかりのダメ人間です。思い出しても恥ずかしいばかりです。 


■自分が信用される人間になるしかない

 そのためには、自分の気持ちをある程度オープンにするしかない。そんな事を何年も生きて失敗して、ようやく気づけたのでした。そんな、懺悔でございました。

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ
永田カビ
イースト・プレス
2016-06-30