20160914


 ここ数年単位とか、それこそ人生振り返ってみて自分や他人を観察してみて感じてきていることの総まとめみたいな感じです。自分が得することから始めようとする人って、あんまりうまくいってる印象が無いなぁと思う感じで、反面自分の半生は自分が得しよう得しようばかり考えていたなと、そんな感じに映ってます。



■自分が得しようとすると

 まず、自分が損しない方法を考えます。

時間を使わず、お金を使わず、リスクを踏まず。でも成長はしたい、勉強は出来るようになりたい、お金持ちになりたい、名声を得たい。

こんな感じでまぁ客観的に見ると、そんなこと不可能なわけですよね。客観的に見ると。でもこれが自分の事になると、途端に見えなくなってしまう人が結構居るのです。はい、自分もそうだったと記憶しています。お恥ずかしい。


■自分が損することから考える

 となると例えば。お金を払う、時間を使って試行錯誤する、相手の手間を煩わせないよう自分の時間を使う、失敗リスクを背負う、などなど。

客観的に見れば、はい、これらは全て、対価を得るために当たり前の事をやってるだけですよね。当たり前のこと。


■自分が得しようばかり考えている人からは何も得られない

 つまり自分の得ばかり考えている人は、自分から何も対価を支払いたくないけど、得だけしたいという傲慢な人になってしまうわけですね。これを無自覚にやっていると大変に苦しい。しかも無自覚だから何故自分の周りから人が離れていくのかも理解できない。周囲のせいとか、自分の性格のせいとか、見当違いなところに目を向けてしまう。

ではなく、自分が自分がばかり考えているからそういうことになってしまうわけですね。


■損して得とれと、かの経営者は言った

 未来工業という企業の初代社長、故・山田昭男さんの商売の鉄則。「損して得取れ」という考え方。言葉自体も昔からありますが。

基本的に自分から損に踏み出す人ほど、後々にリターンを得ているように感じます。


■お金だけの損得を考えると損をする

 私たちは社会生活の中で、金を軸とした考え方が中心になっています。そりゃそうです、金がなきゃ衣食住何も満たせません。綺麗事抜きに、金がないと生きていけません。

でも目先の金だけを見ていると、金だけが中心の人生になります。人と付き合うのも金になるかどうか。その人が金になりそうか、など。交際するのも金の損得。金、金、金。金が自分のステータス。じゃあ金が無いと。自分は価値が無い。

というのはやってられません。ホントにやってられない。つらい。お金だけの損得は、自分の感情も何もかも置いてけぼりでやがて病みます。


■自分が損することから始めたら利用されるだけじゃないか

 という声もあります(昔の私)。でもそれって「自分が得したい」前提に立つから生まれる感覚なんですよね。ようするに、表面上は損することを考えながらも「絶対にこれ返してもらうからな」と、結局のところ自分の得を中心とした考え。そんな考えで居続ければ、何をしたって「自分ばかり損してるじゃんクソッ」となるだけ。


■実際他人の損を利用する人も居る

 とはいえ私は性善説の人ではないので、当然それを利用する人は居ると思ってます。でも、自分が本当に損するつもりでやると、そういう人の考え方とか見えてくるんですよね…。私は損したおかげで、そういう「本当に自分のことばっかり考えてる人」というのを見分ける感覚も学びました。なので、以降は付き合いも何も無いし、そういう人にはそもそも近づかない。


■結局最後は自分のためになる

 一周まわりまして。本気で損すること、人のために自分が損して行動すること、それらが誰のためでもなく結局のところ自分のためになります。

自分が得することを辞めた時、自分が得をするのです。なんだか変な話ですね。でも、自分の事、周囲の事、色々見ていて実感します。