これはあくまで私の体験に基づくものなので、一概に正解であるとは言えません。が、何かの役に立てばと思い記録することにします。人間はいつだって「変わりたい」と思う瞬間がやってくるわけで。だからそうした時に何か欠片でも参考になる事柄を残せたらそれは意味のあるものになるかなと思って。

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■「変わりたい」だけでは足りなくて

 私が自分の中で「変わった」と思うタイミングをいくつか経験していまして。ひとつは育ての親が死んだ時。ひとつは、大きな屈辱を乗り越えて「変わったね」と周りに言われた時。

それまでの人生で私は「変わりたい」と強く思うことこそ何度もあれど、明確な変化を私に与えたのはやはり上記2つの出来事であったと思います。


■1度目の変化 一人暮らしをはじめた&育ての親が死んだ

 部位まで話と私を知る誰かが特定しそうなので伏せますが、私は18で家を出たものの、すぐに大きな手術をしました。入院は30日程続き、その間までは私は学生仲間と、つまり同世代の人たちとの付き合いを中心としていたのですが、相部屋になったのは中高年の人たちばかり。私の手術内容は、若年では発症率が低いためでした。

この環境の変化が大きかったのもありますが、もう少し大きめの変化があって、それが育ての親との死別でした。詳細は書きませんが私はこれによってようやく人生の憑物が落ちたのです。ざっくりと説明すればそれは「私の抑圧の源」が無くなったという状態でした。

私の意思はあまり関係なく、環境がただ変化しただけ。その時の変化としては、何をするにも臆していた自分から、前に踏み出す自分を手に入れた事。今にして思えば、はじめて生きた心地がしたのかもしれません。

世の綺麗事にはうんざりで、私の人生にとって「家」は地獄でしかなかったのでした。家を離れ、その地獄の元凶が居なくなった。これが私の1度目の変化です。


■2度目の変化 屈辱と焦り

 2度目の変化は社会人になってから。このブログをはじめてから。私は(勿論自分の過失であるとはいえ)仕事の出来なさを理由に上司や同僚や部下に散々侮辱されコケにされることに。詳細は書きませんが、あと一歩で何かをやってしまいそうなくらいには精神的に追いつめられました。

今では当事者達とは笑って話しますが、この怒りも憎しみも生涯消えることは無く常にチラつくものだと思います。とはいえ人を恨んで生き続けるのは息苦しい物でございますから「今のところトータルでメリットがある」という理由から付き合いは続けてます。でも皆そうやって割りきって生きてるもんですよね。

さてその屈辱の果てに、更にクビになるだろうという感じを覚え、憤怒しながら焦るという状態になりました。

今回はこれらの感情を原動力として自分の意思で、変化をしました。1回目の、環境の変化とは別の、内側からの変化だったように思います。


■人が「変わる」ために必要な要素

・大きな環境の変化
・怒りや悲しみなど「感情のエネルギー」

普段は私はどちらかといえば人を変えるにはまず「環境」という事を言っているのです。

環境を変えなければ習慣は変わらず、習慣が変わらなければ能力も変わらず、能力が変わらなければ、人が変化する機会が得られない。そんな風に思っています。

だけど環境を変えるというのは大きなストレスを自分に与え、場合によってはその変化に耐えられないままに心が摩耗してしまう。そんなわけで環境をいじる場合は少しづつ少しつづ変化させなければならないわけです。

環境を変化させるというのは「感情に頼らず」に自分を変化させる上で非常に合理的手法であります。人間は古来から環境適応して生きてきた生物ですから、理にかなった考え方なのです。しかし反面、その変化にはそれ相応の時間が必要とされます。



ところが「感情の力」は環境に依存しません。強く思う力は、環境を塗り替えてしまうのです。感情の爆発は、強力なエネルギーを生み出します。感情はその昂ぶりが強いほどに人の理性を凌駕し、リミッターを解除します。

ですがこの力には必ず反動が訪れるものでもあります。本来自分が持ち合わせていない環境下で「分不相応」な力を発揮しているのです。だからその感情の昂ぶりを利用して、環境を整備していかなければいつか「エネルギー切れ」を起こした時に、今までの自分と分相応な自分との乖離に、うつ症状を発症してしまう危険性もあります。

感情を利用した変化は、リスクが高いのです。


■変化し続けるためには

 ちなみに「エネルギー切れ」とは、たとえば誰かを憎んでいたとして、その人が死んでしまったり、感情を学ぶことでその人の事を理解してしまったり、エネルギーの源に対する自分の認識が変化してしまった時です。

例えば源が「焦り」であるならば、「落ち着く」と、エネルギーを切らします。ずっとエネルギーを供給してくれるモノが存在し続けることは稀有ですから、自分のエネルギーの源が感情のみに集中していると感じたら、そのエネルギーを使って環境の構築も忘れないようにしたいところです。


■感情を揺さぶり続けるための「自己啓発」

 去年一昨年は自己啓発ブームでした。特にアドラー心理学など。自己啓発というのは自分の感情を燃えたぎらせるためのツールです。マクドナルドの創始者、藤田田氏なども積極的に自分の感情を維持するために啓発していたようでした。




ちなみに藤田田氏の著書について過去にレビューもしてます


言葉だけが独り歩きして「自己啓発」に対するイメージが悪くなりがちですが、自分を変化させるエネルギーを補充する、というように考えれば寧ろ取り入れようとする人が少なくないのも頷けます。


■感情に頼り過ぎないこと 感情を利用して環境を構築すること

 感情はやっぱりリスキーなんです。燃え尽きるリスクもありますし、あまりに感情的になりすぎるあまりに視野が狭くなってしまうこともあります。でも、感情は環境の変化よりも即効性をもって自身の変化に大きな力を与えてくれます。両刃の剣なのです。

でも「変わりたい」と思う人にとっての一歩は「感情」だと思います。それがたとえその日1日で終わるものだとしても、その感情が動いている間に環境を構築する事に力を注げれば、少しづつ「変わる」ことは出来るのだと思います。

そして。何ヶ月も何年も燃え上がる憎しみや楽しみなど心沸き立つ何かを手に入れられたのだったら、それはとても運が良いと思います。是非自分の変化のために活用してみてください。