私の人生はある程度までは前者で考えていたのですが、ここ数年は後者の方針をある程度取り入れるように変化させていきました。実際どんな変化があったかについて雑感をば。

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■他人に迷惑をかけたくない日々

 学生の頃から若かりし社会人の頃にかけて、私はとにかく他人に面倒をかけたくない一心で生きてきました。とにかく親族や周囲が他人に迷惑をかけてきた様子を目にしていて「絶対あんな奴らになるもんか」と子供の頃から固く誓っていたのであります。


■他人に迷惑をかけないようにしたら余計に迷惑がかかっていた件

 そんな私はなんとか他人に迷惑をかけるまいとあらゆることを一人で解決しよう、他人の力を借りるなんてもっての他だ。なんて息巻いていたわけですが。

まぁ結果は振るわないどころか、余計に他人に迷惑をかけていた気がします。特に仕事で振り返ってみると、自分で何とかしようとするため情報の共有がヘタクソになっていったり、協調性が身につかなかったり、他人の気持ちにより添えなくなっていったり、人に依頼するのが苦手になったり、迷惑かけないために完璧なものを仕上げようとして全体の進行を遅らせてしまったりで、なんだかもうキリがありません。


■デキる人もどんな人も他人に迷惑をかけている…だと…?

 仕事出来る人のことを見たり、色んな人の本を呼んだり、会社の外のデキる人たちに会ったりしながら私はなんだか大変なことに気づいてしまいました。

それは「みんなそれなりに他人に迷惑をかけてるじゃん」ということ。そんで迷惑かけたから「この前はすまんかったね」とお返ししていること。


■「他人に迷惑をかけない」ことを意識するあまり、自分がどれだけ他人に迷惑をかけているか見えていなかった

 なまじ迷惑かけないことに神経を張り詰めて生きてきたものだから、完璧思考に陥るは他人にもそれを求めるわですげー迷惑な人間になっていたのだと自覚。自分が出来てないくせに他人が迷惑かけていることに敏感に。もうヤダなんなの自分クズだなぁ。


■生きてるだけで誰かに迷惑をかけているのだと悟る

 現在私は管理職なわけですが、例えば会社で言えば、私が居る事で組織全体としてマクロに考えれば部署が稼働することで会社に利益をもたらすようにはなっているわけですが、ミクロに考えればそもそも私が居るせいで誰かが管理職になれず、給与も上がらず、なんてことにもなります。私の存在が誰かにとっては迷惑になっている。自意識過剰だとは思いますが。

私が何かを得たい、お金を稼ぎたいと思った瞬間から誰かの供給の邪魔をすることになるかもしれない。結局、どれだけ迷惑かけないように気をつけたところで誰かの迷惑には絶対になってしまうのです。


■「迷惑かけない」という気持ちと「迷惑かけた人にはお返ししよう」を同居させることに

 自分の手の届く・出来る範囲を線引して。そうでもしないと、もうこれ以上「誰にも迷惑をかけないように」なんて生き方は無理だし、というかそもそも出来るわけが無いのだから。

なので、極力迷惑はかけないようには意識しながらも、時には迷惑かけて、かけた人には色々お返しするようにしようと意識を変化させることで随分と楽になるのでした。


■そんなわけで他人に迷惑はかかる

 他人に必死に迷惑をかけないように意識していつも誰かの顔色伺って生きづらい人は、そこまで神経を研ぎ澄ましても尚自分は誰かに迷惑はかけてしまうのだという事実を受け入れちゃって、他人の胸をもっと借りたり、迷惑かけることは仕方ないと割りきってその分リカバリの方向にシフトする方が気が楽になりますよー、なんてことを思うのでした。


■他人に迷惑かけず自分でなんとかしよう、で得るものも勿論ある

 自分でなんとかしようとするという部分にも勿論メリットはあって、「ある程度のことなら何でもやってみる・調べてみる」癖はつきました。他人に迷惑かけるくらいならまず自分で突撃してみて失敗して学ぼう、という考え方です。

今回は全体の趣旨としては「他人に迷惑をかけない生き方は辛いですよ」みたいに否定的なノリの記事にはなってしまいましたが、だからこそ得られるメリットについても目を向けて、そのメリットも活かす方向で考えていくと、更なる自分の強さを発見できるのではないかと思う次第でございます。


■他人に迷惑かけないようにする仕事スタイルと、迷惑かけた分お返しする仕事スタイル

忘れてました。記事タイトルの回収。

実際のところ、前者は職人としてのこだわりが以上に高いように思います。人をがっかりさせたくない、迷惑かけたくないから、それが極まることでひとつひとつの仕事のクオリティが大変に高いものになる。その仕事のクオリティの高さに多くの人が飛びつく。
他方でその人がなまじ完璧なものだから、その人の下に居る人は立場が無く辛い思いをする。…とはいえそんな背中を見る事で将来的には下の人間もまた一人になった時にグっと伸びたりする場合もあるのですが。一方で、つらい思いの果てにふてくされてしまう人も居ます。

迷惑はかかるものだからという前提の人は前に進む力が激しい。リーダーシップが強い傾向にある気がします。迷惑かけながら前に進むので周囲に敵は増えやすいのですが、一緒に行動する人にはその分のお礼なんかをしっかりして、信頼関係を強く結んでいる傾向にあります。だからその下に居る人もなんとかその人の力になろうとしたり、その人の勢いに乗って成長したりもします。
他方で、その人がお礼を怠るようになっていくとガタガタと信用を失っていく。そうなると誰にとってもただの迷惑な人になりますからね。

双方にメリットデメリットが存在するように思います。どちらかが正解というのは無いのですね。なので私としてはそれらを意識したうえで適宜自分の中で選択を下すのが必要なように思います。

…尚、ヘッドホン音漏れさせて周りに迷惑かけたりタバコポイ捨てするなど、「迷惑行為」の推奨ではありませんのであしからず。