20160412

出典:いらすとや

 最近読んだ記事で、楽しいことが無いから、することが無いからとりあえずスマホやってる、というのを見かけてわりとショックを受けておりました。楽しいことって自分で見つけたり作ったりするもんじゃないの?と思ったのですがそうではないようで。楽しいことを見つけるってもしかして技術が居る事なのだろうかと思い、自分だったらどうしてるんだろうと書き起こしてみました。


■楽しいことの見つけ方一覧


・楽しい人と会って楽しませてもらう
 →依存的な考えなのでずーっと続けるのはどうかと思いますが、糧にするために一時楽しませてもらうというのは良いと思います。楽しいことを探すというのも経験値が必要なので。

・人に喜ばれる事をやってみる
 →人を喜ばせると楽しい気持ちになるように人間は出来てます。楽しいリアクション、楽しい空気に触れると楽しくなれます。

・総当り戦で試す
 →今無いだけかもしれないので、その場合は手当たり次第色んな事を試してみる。自分でも全く気づいていない何かがまだあるかもしれません。他人の目も気にしなくて良いほどにのめり込める自分だけの何かが。


■しかし、そもそもの前提

 楽しいことが無い、というのは空虚な人生になってしまっている、ということなのだと思います。

 人間は誰かに必要とされること、自分が重要な存在であると感じる事に非常に悦びを感じるようで、楽しさの根源って結局は自分が必要とされたい欲求に行き着くような気がします。
小学校の頃に何のテレビ番組をみたあーだこーだと話していたのって、そのグループの輪に話すネタを出して、それで皆が驚いたり笑ったりしたら「あぁ自分ここに居てもいいんだな」と思える悦びみたいなものがあったのではないかと。


■人間はどこまでも社会に参加していたい

マイ・インターン ブルーレイ&DVDセット(初回仕様/2枚組/デジタルコピー付) [Blu-ray]
ロバート・デ・ニーロ
ワーナー・ブラザース・ホームエンターテイメント
2016-02-10


 週末にマイ・インターンという映画を見ました。簡潔なあらすじとしては、若者が中心となった乗りに乗ってるファッション系WEBサービスのITに企業に、シニアインターンとして65歳の男性が入社するというもの。

冒頭で定年退職を迎えたその男性(ベン)は、妻を看取ってからというもの、仕事でもないのに朝フォーマルな格好に着替えてマックに行き、テーブルで新聞を読む。その後は街の中を散策したり。それは、自分が社会に参加しているという実感を得たいがためだ、という事でした。 そこからベンはIT系の知識もロクに無いまま四苦八苦面接までたどり着き、超多忙な女社長(ジュールズ)専属のインターンとして雇われることになります。ジュールズは最初煙たがりながらも人生の先輩であり部下であるベンと仕事をしていく中で沢山の大切な事を教えられていく…というような内容。

ベンが言う、社会に参加していたい、という言葉はある意味人間の根幹の欲求なのではないかと感じました。それはベンが自分の人生を空虚なままにしたくないと思ったからなのでしょう。

映画自体もすごく面白かったのでオススメです。

■楽しいことがやってくるようになる人に自分を調整

 楽しそうにしてない人には楽しいことはやってこないです。楽しい人は、自分が楽しいことやって周りが喜んでる様子楽しんでる様子を見て、もっと楽しいことやろうって思うわけですし、そういう人には楽しい人が集まってくる循環が発生に。

人生つまらんつまらんってなってた自分がそれまでやっていたことは、つまらないから何もしないし、つまらないから自分の事だけ満たそうとしていましたし、つまらないから楽しそうな人を見て嫉妬して指を咥えてましたし。
んでもそれじゃ辛すぎるからやったことは、楽しいって気持ちやリアクションをまずコチラから沢山提供することでした。結局人生あんまり楽しめなかった人側が楽しもうとするようになるためには、自分の心に借金してでも「楽しい」をまず自分から提供して周囲に振りまくのが大事になるのではないかと思いました。

そうしていると、あまり見つからなかった楽しい人も見つけられるし、楽しい人は楽しい趣味や楽しい夢を持っていたりして、それは楽しそうだから自分も是非取り入れてみよう、とかなったりします。楽しい循環に入るという感覚を少しだけ掴んだ気がしました。

PR


■余談

 この手の空虚さを抱えながら生きている人というのは、何も今の時代が特別なのではなく、昔から一定数存在していたように思います。条件としては「生活水準などそこそこのに満たされているが、親をはじめとして周辺の人間環境にそこまで恵まれなかった人」

だから特別な存在ではないということ。ただ私的にはこうした人達が、かつて国内の消費をある程度回していたように思います。何もなくて空虚だから、何かを買ってみたり、友達と会ってご飯食べたりなんだり。

今スマホで、維持費さえ払ってしまえば、こうした消費はある程度無料でまかなえてしまいます。なんというか「これまでお金を払っていた時間を潰す行為」がどんどん無料になっている。

これを豊かになったと捉えることも、消費が減退してしまった(スマホのガチャゲーなどには集中してますが)と捉えることも出来ます。

いずれにせよ、私はこういうモラトリアムな人たちが消費をして経済を潤してきたのが今までだったと思うので、今後ここの経済が回らなくなるのをふまえて何か作るにせよ商売するにせよ考えていかないといけないと思うのでした。逆にこういう自分だからこそ何があったら嬉しいだろうかと考えるのも良いのではないかと。 余談。
 

道は開ける 新装版
デール カーネギー
創元社
1999-10-20