20141021
出典:いらすとや

この当たり前の考えは、私が子どもの頃に知っておきたかった事です。


■人は誰でも何の才能でも開花する可能性があるとかなんとか

 何の本で読んだか忘れましたが、人間て基本的には何でも習得しようと思えば出来るらしいです。遺伝子のスイッチが入ってさえしまえば。そしてそのスイッチはそれまで生きてきた環境の中で何かしら自分でもしらない内にONになっている。

早い段階で的確なスイッチがONになると、いわゆる「才能」というやつが芽生えて、人々をアッと驚かせる能力を得たりするみたいです。

交通事故で激しく脳にダメージを受けた人がある日突然絵が描けるようになった、なんて事例があったりもしますがそれも何かの拍子にスイッチがONになったから…?

私たちにとって大事なのは「スイッチをON」にすることみたいなのですね。それに今のところ最も単純にたどり着く方法としては「人の3倍やる」ということになる。


■大体3倍やる

 私のブログに迷い込むいわゆる「真面目系クズ」で悩んでいる人って、悩むスイッチがONになってて、「悩み押し黙る才能」が他の人より開花してしまってると思うのですよね。しかしそれってあんまり今の社会でメリットが無いようなのです。

一方で毎日誰かや何かに怒っている人もいます。その人は起こるためのスイッチが全開になってしまっている。

また一方では仕事がからっきし出来ないが、人と絡むのがすんごく上手い人が居たりもする。それもまた、その人にとってのスイッチがONになっている。

人はつい目に映る名声や富や実績などの成果物を才能とひも付けますが、大体誰かしら何かのスイッチがONになってその人思考や行動を決定づけている感じがありますから、実際の所誰しも何かしらの才能を持っているということになるんでないかと思ってます。

つまり誰でも人の3倍は何かしら知らない間に何かしていて、それに秀でている。

だので問題はそれが今の社会と合致するかどうかという部分になるのではと思うのです。

人は理論では動かない、感情で動くものだと申しますが、それは他人の話。自分の行動においては「自分というものはこうしたロジックで決まっているのだ」と理解すると良いのではないかと思うのです。


■真面目系クズもまた才能なのだけど…

 残念ながら人間社会においてはちょっと適合しづらい才能になってしまっている模様。ですが、大事なのは「3倍やる」こと。とりあえずこの性格になるための何かについて人の3倍はこなしてきたのですから、じゃあ別の方向にも3倍やればいいだけなわけでございます。

とにかく3倍。3倍やるのです。3倍やればモノにはなるのです。それが何かは各々が考えるしか無いのですが…。

私の場合は、自分の向かいたい方向に必要な能力について、今足りていない部分を人の3倍やるようにしてます。実際いくつかはなんとなかってきました。仕事の内情も明かせないのでなんとも抽象的な話にはなりますが。

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■やったことは必ず良い意味でも悪い意味でも自分に反映される事実

 私にとって、この当たり前の事実が、しかし私に実感をともなって反映された事実は安心感につながりました。

「すぐには効果は出ないが、しかしやれば絶対にいつか効果は出る。人の3倍やれば絶対に効果が出る」

自分にとって何かに対して継続力が生まれない要因の一つが「どうせダメかもしれない」だったので、これが「やればなんとかなる」に変化したのが大きな点でした。同時に「やらなきゃなんともならない」という当たり前の事実も突き付けてくれたのでした。

なので、やっぱりやるっきゃない。自分が向かいたい方向に指を咥えて我慢してる暇があったらやるっきゃない。出来ないことに悩んで手を止めるよりも、次々とやって沢山失敗して経験していく方が良い。 

思い悩み、立ち止まり、何もしない才能のスイッチが全開にならないよう。なってしまっていたらそれを塗り替えるよう。

最後まで抽象的でしたが。やるぞー何かをやるぞー人よりもやるぞー。
 


そして、誰しも誰かよりは3倍何かやってる。人間の時間は全部同じなのだから、そこに優劣は無いのでは、なんてことをふと考えるのでした。だから単純にその才能が今の社会に適合するかどうか。そしてその適合する才能を無意識に得られなかった側になってしまった場合は、それでも今からでも3倍やってなんとかすればいい、そんなシンプルな感じなのではないかと思うのでした。

…とはいえ、適合しなくても特異な資質があって、それが陽の目を突然浴びたりもするから世の中はなかなか分からないものなのですが。ともかく誰にでも才能はあるのだと思う次第です。
 

才能を伸ばすシンプルな本
ダニエル・コイル
サンマーク出版
2013-06-04