20151228

出典:いらすとや

いつも先回りして問題を解決してくれる人が居ます。
いつも間違った選択について叱りつける人が居ます。
いつも予防線を張ってくれる人が居ます。

そんな人達に用心したい話。個人的に。



■失敗予防の歴史

勿論失敗の歴史から学ぶことは多く、私達の文化は現在も失敗を重ねつつ過去の失敗を省みつつ前進しています。
失敗を回避する方法を伝授するというのは、他の生物が身体を変化させていく事に似ていて、私たちは体の変化の代わりに知によって思考を時代に合わせて変化させていくのだという見方もあるそうです。身体の進化ではなく脳みそが進化するのですね。何の本で読んだんだったかな…。

私たちにとって失敗を予防しようというのは、ある意味本能に義務付けられた思考なのだと思います。


■失敗予防はいいことじゃん!

まぁそうなんですけど…。


■失敗させてもらえないのと、失敗を予防するのとはちょっと違う

私の中の定義として、失敗させてもらえないというのは、一挙一動に対して「それは違うよ、こうしたほうが良いよ」「それダメ!」という行動縛り。そして、失敗に対しての叱責が厳しい。

一方で失敗予防については、ある程度の失敗については咎められない範囲で権限があること。小さな失敗に対して大きな枠組みで既にフォロー体制ができてること。


■失敗させてもらえない環境の理由

・1ミスが命取りな環境(仕事の場合、大した役職でもなく収入も低いのに失敗に厳しかったらブラック濃厚)
・ミスを指摘する人に余裕が無い 組織に余裕が無い
・ミスを指摘する人が評価など何か事情に追われてる
・ミスを指摘する人が単に自分に都合良く相手を操りたいだけ

色々思いつきますが例えばこのような感じです。
良いことではないというのはなんとなく伝わるかと。



■失敗させてもらえないのの何が悪いのか

色々あります。

・萎縮し、行動力や決断力が養われない
・何をやっても直ぐに否定されるので無気力になる 鬱になる
・自分で考える事を諦めるようになる
・自尊心の喪失 自我の崩壊
・自分も失敗を許さない人間になり、他人を萎縮させてゆく

こうした光景は何も会社だけではなく
ありとあらゆる場に蔓延してるように感じます。
キーワードは「余裕の無さ」でしょうか。
あるいは他人を精神的に支配することを是とする知的レベルの問題なのでしょうか。

ともあれ、失敗させてもらえない、ミスに厳しい人や場というのは人間的に何の進捗も与えられないので、出来ればもし自分の環境や人間関係が今そうであるのであれば、少し考えどころです。

周りが変わってくれるわけではないので、自分から変化を起こしていくしかないのですけども。さもなくば自分も他人の失敗を許さない人間になります。そして失敗を許さない生き方というのは非常に、生きづらい。

親や周囲に失敗を許されずに抑圧して育ってきた人であれば、 まずは失敗することは仕方ないし誰でもあることだと認め、他人もまぁ失敗するし、案外世の中失敗だらけなんだなーと傍観するところからなのかもしれません。

しかしこんな世の中で余裕を持てというのもなかなか微妙な話とは思いますが…とりあえず「失敗許さず」がどういう状態であるかというのを認識することは良い事だと思います。

(当記事の構想+執筆時間 2時間)

失敗学のすすめ (講談社文庫)
畑村 洋太郎
講談社
2005-04-15