20151022

出典:いらすとや


最近仕事の関係で写経することがありました。
色々悩んで辿り着いた行動。 
 
半信半疑、何の意味があるだろうと思いつつ。
とりあえず半日ほど100KBくらい写経してみました。

得るものがそれなりにあったので、その感想をまとめておきます。 


■目的

どうも自分の文的センスの無さとか。
市場に飛び交う文章との乖離とかその辺をひしひしと感じてしまっていて。
でもそれを感じたからといってじゃあ文章を書けるかと言えば。
書けず。浮かばず。もがき。悩み。

そんなわけで思い切って写経してみて動向を探るって方針でやってみました。
検証内容は仕事内容に触れない範囲で後述。


■写経成果

・「読む」と「書く」の違いは結構明確

・文章の時代ごとの変化が結構つかめた

・写経は分析である

・写経しながら要点もメモで更につかめる

・悩む時間を写経に当てれば良かったのでは…


■感じたこと

「読む」って行為は自分が読みやすいようにフィルタをかけて、必要情報を抜き取る行為。

読んでも頭に入ってこないとか、身にならないとか。
そういう人は全部写経してしまうのが一番早いのかもしれません。
紙に書く以外の方法も今なら沢山ありますし。


■最も良かった気づき

写経は分解であり分析であり解読でした。
読むだけだとどうしてもニュアンスを掴んでいるだけでした。

意味がわからなかったような文も書いていく中で全体が掴めるように。
写経続けるともしかしたら読む力も増すのかもしれません。

例えばニュース読む時とかも、もう少し分解して読めるようになるのかなと。


■応用

絵や造形諸々だったら模写。
コミュニケーション能力だったら模倣。
詳しくないけどプログラミング界隈も写経は話題に登る。
料理も模倣。

と考えると物事の習得並びに構造理解には写経は最適ぽい感じがしました。


■簡単なレポ

普段私の文を読んでいただいている方は気づかれていると思いますが。
私、今回の記事では1文に対する文字数抑えてます。
小規模な私の中でのアップデート。

検証としては、
2ch・まとめ・漫画文化・Twtter・はてぶ・ニコニコ、
諸々を省みて。

「あれ、文字数どんどん少なくなってね」
という内容。
いや知ってたと言えば知ってたのですが。

実際に自分で写経分析するまで今ひとつ実感を得られず。
写経することで肌身に感じました。

普段サービスとして利用しているのに、使ってて気づけて無かった。
それは単に自分が物事を考えてないって証拠だとも思うのですが。

他にも色々あったのですが以降は仕事に関わるので。




■おわりに

センスが枯れないようにするためにはどうしたらというのが長年課題だったのですが。
「定期的なアップデートを怠らない」
っていう漠然とした考えでした。

ただ写経してみて感じたのは、センスのアップデートって。
その都度変化する時代を見たり追ったりするのではなく。
写経・模倣・模写してみて、自分の中に取り入れて解読することなのかなと。

その速度が早い人は多分廃れないのだろうし。
速度が遅かったり停滞する人は、古い人になってしまうのかも。

なんて考えながら、ふと自分はどうだっただろうか、と。
写経することで身の引き締まる思いをしたのでした。


あとは、どうしても覚えておきたい本について、写経という手段をとるのは良いのではと感じました。