20151007

出典:いらすとや


 今までも似たようなことは書いていると思いますがもうちょっと掘り下げてなるべく実現性が高まる部分まで落とし込んでみました。



■人間は常にリスクを回避する生き物

 人間という生き物がどのように活力を得るか。自分を動かすための方法を知る。人間の行動理念は大体こう。

○死を回避したい
 ・食べたい
 ・寝たい
 ・住居を得たい

人間の根本的な行動理念は単純明快です。私たちの歴史は常に死の不安を回避する「必要性」との戦い。死の恐怖をクリアするために様々な人は自分のエネルギーを使って活動する。
そして衣食住を手に入れるにはお金は必須ツールとなっている。だから、多くの人はお金を稼ぐ。生活=お金だから、お金を得るにはどうしたらいいか考える。すると、大体普通に過ごしてると以下の選択が見えてきます。

・企業等に就職して働いて賃金を得る

これが現在の大体の基準。そこで次にこんな選択が生まれます。

・リスクの少ない安定した企業
・沢山のお金が稼げる企業
・職場の人間関係が良さそうな企業

じゃあそこに入るにはどうしたらいいかといえば

・有名校(東大はずっと強い)に進学する
・有利な資格を得る
・コネを得る

だいたいこんな感じです。で、それらを得るには効率的な努力とかなんかが必要になってくる。人はその必要性を認識して「○○の努力しなきゃならない」と行動する。
起業があるだろとか、投資がとか、今回具体的な社会構造についてのお話は割愛します。


■努力は必要性によってなりたつ

 つまり、努力の本質は「必要性」。必要性によって人間ははじめて努力をしようと決断する。必要性には私の見立てではおおまかに2種。

1.死なないため
2.社会承認のため

○1について
頑張りたいのに頑張れない。自分はどうしてダメなんだ、と嘆きながら、1が満たされてるなら現状維持か、緩やかな破滅まで本当に必要な努力は出来ない。1が目的ならもうそれは満たされているわけだから、それ以上頑張る「必要性」は無い。だから努力なんて出来ない。

○2について
大切なのは2。2は、1にある程度余裕が生まれた時なんかに発生するもの。
人間は恥をかいたり、自分が必要とされていないと感じたりなど、ネガティブな感情から逃れたい生き物です。認められたい、求められたい、もっともっと。そのために何をするか。

良い服を着るのか、沢山の友達を作るのか、優れた技術を身に付けるのか。何をすることで承認されたいのか。これの必要性が、仕事の相性と合致すると強い。
世の中の並大抵じゃない努力家の起業家さん達なんかは結構幼少期に悔しい思いとかいっぱいしてるのは良く聞きますね。
あと、現在の娯楽コンテンツはある意味ここを支配して消化させているのでちょっと怖いなと思ってます。

つまり2って、平たく言うと「欲望」です。

2がはっきりしないと、1さえ満たせば無問題で努力回路はそれ以上機能しなくなるわけですね。簡単な構図なわけです。


■「死」の回避だけでは苦しい理由

 人間は意識していなければ必ず「低きに流れていく」生き物です。低きっていうか「楽な方向に流れる」生き物ですね。
生命維持の究極は、心臓を動かすためだけに必要な部位へと命令を下すだけで済ませられることが理想なわけですから。それだけじゃ満たされない欲求については脳に快楽信号を送り込んでやればOK。1が満たされた状態で黙ってれば必ずこの方向に流れていく。

日本て割とその辺しっかり機能してるわけですね。生活保護とかあるわけで。つまり努力しなくてもなんとかなる仕組みがある。本来は様々な理由から就労などが困難な人への救済処置としてシステムだったはずなのですが。

つまり努力できないーって悩むのは生命維持については解消されていると。ここを混同しない。努力ができないの本質は「社会承認の目的が見つからない」ってこと。


■努力しないことによるリアリティを描けるか

 ちなみに例えばですが「努力しないと組織から首切られてしまう(生命維持が難しくなる)のに努力ができない」とかで悩んでるのに努力出来ないのは、何かしらの保証があったり実際クビになった先の生活にリアリティが持てていないから。

不安を漠然としたものにしたままにして具体案を調べたり考えたりしないから。「なんとなく不安」で全部済ませてるから。
実際にクビになったら今の貯蓄とスキルでどれだけ自分の生命維持ができるのか、雇用先があるのか、それ以外にお金を稼ぐいだり衣食住を確保する術はあるのか。
そこを調べあげて現実味があるところまで落とし込めば「努力できない」とかホントに言ってる場合なのかが分かってくるのだと思います。


■今後ますます意識しなくても回避できるようになる「死」

 そうそう、1は今後更に満たされていく可能性が高まっています。国民に一律、最低限生命維持に必要な額面を給付するベーシックインカムなども現時的な話として導入検討されるようになってきました。これが導入されれば、今後ますます1の必要性は失われていきます。


■まとめると

とても長くなりましたが、まとめると

「努力は必要性がない限り出来ない」

ということになります。自分にとっての需要。今努力できなくて悩んでいる事について、自分は本心から必要だと思っているか? これが重要。


■努力する必要、あるのか問題

 なんだかんだ書いたのですが、私は別に努力なんてしたい人が勝手にすればいいんじゃないかなーと思います。だって私達人類が必要性をもってテクノロジーや社会等を進歩させた結果、1はもう満たされつつあるんですから。恥の概念とか欲望さえ否定してしまえば、生命維持はできるんですから。その上で努力する意味って何かあるの? と。

そうやって全部一旦否定してから、改めて自分の欲求に向き合ってみればいいんじゃないかと思います。


■天才の条件

 私が考える天才とは、自分で自分に対して必要性を考えたり見つけたりして、自分の中に必要性を構築できる人なのかなと思います。傍から見れば「あの人はストイックだなー」とかって思ったりするんですが本人は「それが必要だと思ってるからやってるだけ」なんだなーと。


■凡人が努力を続ける条件

 凡人は天才よりも自分の頭で考える力が劣っています。だから、実際に必要性についてリアリティが得られるまで分かりません。分からないから努力が続きません。

そのリアリティを与えてくれるのって何かというと、人です。

凡人が努力を続けるには身近な人や、自分が知らない他分野の人に会ったり、何かの活動に参加したりしながら「『必要性』を人との関わりで与えてもらう」事が重要になります。大体の人って自分の事分かってないくせに、他人の批評は得意なのです。自尊心が傷つくことが無いからだと思われますが。

 任天堂の横井軍平さんがゲーム&ウォッチを着想したのは、当時満員電車の中でサラリーマン達が皆こぞって電卓で遊びながら時間を潰している様子を見て、そこに持ち歩き用のゲーム需要を見出したというのは有名なお話。


■人に会うのが苦手だし苦痛だし詰んだわ…

 と、思うのですがその場合も手段はあります。

「自分が普段接点が無い事柄について調べたり触れたり体験してみたりする」

自分が知ってるフィールドに居るだけでは身の回りに存在するものが「あって当たり前」にしか見えないのです。しかし未知のフィールドでは「なにこれ?」って体験が沢山味わえます。そうして自分の努力の必要性・需要がマッチする事柄が見えてくる。


■必要性を与えてもらえる環境づくり

 もう一つ。前述したとおり、人間はほとんど例外なく楽な方向へと流れていきます。そのために必要なのは「自分を見張る存在」です。それはヒトである必要はありません。システムでも法律でも何でも。

また、誰かを養ったり、雇用したり、なども大きな必要性を与えてくれます。

自分が天才じゃないと感じて、でも努力をしたいのなら環境づくりには特に目を向けた方が良いと思われます。

借金もいと思いはするんですが、人はあまりの痛みや苦しみや焦りなどが発生した際、それに慣れる「正常性バイアス」というのを持っているので、安易な借金は破滅に向かう可能性アリです。くれぐれも計画性を、とは思います。あくまで個人的には。



■努力したいなら目標よりも、その努力の必要性や需要を見極める

 なんだかいっぱい書いてしまいましたができる人は無意識レベルでやってることで、そのための努力なんてして当たり前なんですね。努力はして当たり前。努力をすることは目標でも何でもない。

そんなわけでして「努力する方法=努力の必要性をしっかり定義する」ということでした。長々と書いて結論としてはこんなあっさりとした事でした。


努力の選び方
井上裕之
フォレスト出版
2015-09-20



ちなみにこの「必要性」を他人に気づかせたり与えられる人が組織を引っ張って行ったりするっぽい感じがします。