20150723
出典:いらすとや

 丁度2年前ほどのことでしたか。仕事場で先輩に言われた事があります。
「まじクズ君が頑張ってるのは分かるけど、私みたいなもっと『出来ない人』のことを考えた方が良いよ」
その言葉の意味を色々とかみしめている最中です。



■詳細について

 今後業界に携わりながら生き残るにはどういう風に戦略立てていったらいいんだろうかみたいな議題が上がりまして。そこで私がこういう風な考え方でやっていくのもいいかもしれませんねー(自分程度でもやれたんだから誰でも出来るだろ程度のノリ)あ、これこれこういうのも実例としてあって、多分◯◯先輩の技術があればこういう感じにしていけばーあーでもないこーでもない…

確かこんな話をしてました。今後の仕事の立ち回りなどをどうやっていこうかーという感じの話。それで、件の言葉が先輩から出ます。ちなみにその先輩さんは技術は凄く高いけど、基本指示待ちで先送り症候群で、言い訳上手で…みたいな感じ。


■当時の感想

 いやいや何言ってるんだよ先輩さん。
私自身がそもそも『出来ない人』なんだから、周囲に酷い扱い受けようが我慢しながら悔しい思いしながら必死こいて勉強してる。出来ない人間のままじゃいたくない思いで頑張ってるのに、そんな事言われたって意味分からないよ。出来ないことを自己正当化してしまってどうするんだよ。

みたいな感じに思ってました。当時は。


■出来ない人ってそもそも何だ

 多分、仕事での指示待ちとか、行動力が無いとか、目標を立てられないとか、知識が無いとか、そういう感じのことなんだと思います、この話の中で出てきた定義は。あくまで先輩と話していた話題の中での話の定義です。勘違いされると嫌なので念押し。

無いなら無理やり補えばいいだけなのにと言えば、「それが出来ない人の事を考えないといけない」と。

分からない、どうして自分が出来ないと分かっていて努力しないのか。して当たり前のことを何故しないのか。気力が無いとか何故すぐに言い訳するのか。


■私の間違いは誰も彼もが「私が目指す『出来る人』になろう」とは思ってないということ

 例えば私は車に乗ってますけど別にものすごいドライビングテクニックを身につけようとかは考えていません。そんな私に例えば誰かが「どうして◯◯に乗ってるのにそんなアクセルワークなの? なんでタイヤにこだわり無いの? 何でその車に乗るのに当たり前のこともやらないの? 何でそんなに車に愛が無いの?」なんて事言われたって「いやいや知るか、こっちは足として使ってるだけだ」と思ってしまう。

つまりは、仕事だって、別に企業の当初の目的のプロダクト好きだから集まる、っていう関係はそれこそベンチャー時代くらいなもので(予想)、規模が大きくなれば、「稼げそう」だとか、「◯◯さんが居る環境で仕事がしたいから」とか、思惑は複雑になっていくわけでして。

そんなの当たり前のことなのに自分のことばかり見ていてそこら辺気づけなかった私はダメダメですねホントに。


■「出来ない人」と仕事する

 その先輩さんが言いたかったのは「まじクズくんの言ってることは分かるけど自分は別にそこを目指してないしそもそも出来ないから、まじクズくんが私とそこに向かって行きたいのだったら、私という『出来ない人』の事を考えないとダメだよ。」っていう主張だったのかなぁと思うのでした。

それは優しさから来る教えなのか、美味しい話だったら降りるのも勿体無いから自分の乗れる範囲は伝えておくよという打算なのか、単にめんどくせーから話切り上げたいなぁ、というものだったのか。本心は分からないですが、いずれにしても2年近く私の中で考えるテーマを与えて貰ったと思うので、今はとても感謝しております。

これは別に私の職場だからとか、この先輩だからどうこうの話でもないのだろうなと。
実際に今、より幅広い世代の人達と関わるようになってからは一層感じるのでした。





■「出来ない人」は、「別のことが出来る人」

 あとは観測者である自身がその人の出来る部分を探して活かせるのだったら、とても素晴らしいことだと思います。
でも自分と同列のモノサシをで測って、出来る出来ないの峻別をするようになってしまうと、「あいつはホント仕事出来ないですわーダメダメですわー」と、ネガティブな事ばかり見てしまう人間になってしまって、相手の意欲を削いだり、結果として全体の士気を著しく下げたりで…。それはとても不幸だなって思うのでした。

そうして、己を知り他人を知ることはどこまでいっても大切であるという結局はありきたりな解に行き着くのでした。

あと出来ない奴烙印はかなり有害で、その人の出来る部分とかも全部帳消しにしちゃうので仮に誰かに対して周囲にその徴候があったら、なるべく気づいた時点で自分からフェードアウトした方が良い感じです。自分もフィルタを通してしかその人の判断ができなくなる。

じゃあ自分が出来ない烙印を押されているならば。多分周囲は自分の良さに目を向けられる状態にはなっていないので、便乗して何でもかんでも悪い方向で自分の行動を指摘してくるはず。こうなってくると自分のやる気とか自尊心とかがどんどん貶められるので、自信を与えてくれる人を探したりその場から退場したり、自己啓発系の本を読んだり、趣味に没頭したり…何らかの形で心のメンテナンスを計る必要があると思います。

人間なんて立場と環境とでだいたい変わるもんで、本質的に大差なんて無いのですから、そこを見誤って相手へのリスペクトがなくなると不味い感じです。そして他人へのリスペクトを損なっているような人間関係はそこかしこで見かけるのもまた事実です。おおつらいつらい。せめて気づいた側からなんとかするしかないのでしょう。

いやホント。