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出典:いらすとや


書くネタが無かったわけではないのですが久々にゲーム三昧の休日を送ってみましたので、ここからライフハックをいかに学ぶかというのを考えてみました。



■ガンダムブレイカー2

 今回の年末は2種のゲームにハマってみました。ひとつはガンダムブレイカー。
好きなガンプラを組み合わせて無双ゲームするようなゲームです。無双よりも結構な鬼畜難易度ではあったりしますが。コンセプトに夢がありますね。

1作目も同コンセプトで発売されたものの、出来がアレで、具体例上げるとゲーム内追加機体を課金で手に入れられるような仕様の割には一度もアップデートがかからず購入できる機体は0だったり、好きなガンプラを組み合わせられるとは言ったものの、腕だけしか登場しない機体があったり。amazonレビューも酷い荒れようでした。私は好きだったんですけどね。

ところが2では操作系統はじめとしてあらゆる部分にブラッシュアップがかかってました。レビューもまずまず好評のようです。でも相変わらずバランスが悪い。批判も多い。直したはいいけどあちらを立てたらこちらが立たずな内容。



■アサシンクリード4 ブラックフラッグ

 PS4を購入したので海外製のゲームの方がハードウェアの性能活かしているだろうという思いから購入。発売から1年以上経ってるゲームでしたが期待以上に素晴らしい出来でした。
暗殺者を主人公として様々なミッションでパルクールを駆使しながら暗殺を行っていくという趣旨のゲーム。
グラフィックすごいゲーム性すごいやること多すぎてわけがわからない。盛りだくさんすぎて難癖つける方が難しい。好きな人はとことん好きになれそうなゲーム。


■価格

ガンダムブレイカー2 7800円(新品
アサシンクリード4 6200円(中古

ガンダムブレイカー2
バンダイナムコゲームス
2014-12-18




 


■コンテンツの価値って何だろう

 両ゲームの値段は新品であればほぼ同一の値段です。
アサシンクリードは最初の週で35,000本。ただし前世界では累計1,100万本を記録とのこと。店舗の取り分とか考えない単純な売上高で考えたら700億円くらいってこと?

尚ガンダムブレイカー2は国内販売でVita版合わせて12万本の売上。てことは10億円くらいってことでしょうか。開発費は3~4億はかかってるんでしょうか。前作の基礎があるのでもう少し抑えられてはいるのかな?

アサシンクリードの開発費はわかりませんが作品規模を見ると全然和ゲーのソレとは規模が違う感じがします。百億単位でかかってるでしょう。

しかしどちらのゲームにもついている価値は6000~7000円位の価値です。不思議なものですね。


■バンダイナムコ販売の妙

 ガンダムブレイカー一作目、あれだけ叩かれるのが分かっていながらそのゲームの期待感に20万本以上の売上が達成されました。大体16億円くらいかな?流通に半分もっていかれるとしてもバンダイナムコとしては8億円の回収が出来たゲーム。開発費はいくらだったんだろう…10億円とかかな…。

最初の作品を言ってみれば未完成の状態で販売するというのは開発費の回収に回したものなのではないかと思う次第でした。

そして1年後に市場に忘れ去られる前に2を出す。今作でなんとか回収は出来たのかな?一作で回収することを前提にしていないように感じました。実は海外のゲームだと昔こうだったんですよね。テスト段階みたいなゲーム販売して、ユーザーに沢山の批評を受けてその意見を元にして新作をブラッシュアップして販売する。


■アサシンクリードの販売

 アサシンクリードという作品は沢山の派生作品が生み出されているのですが、最初の作品は800万本売り上げてました。これでも500億円位の売上か。1作につきこの規模の売上なわけです。やはり日本のゲームとちょっと桁が違うぞすごいぞ。日本のゲームもポケモンとかは凄いことになってますけどね。


■大資本を持つ企業がコンテンツクオリティは上げるが値段は上げない市場

 これが結構凄いことだと思うのですよね、コンシューマーのコンテンツ業界って。もちろんインディーズタイトルとかは軒並み値段下げてsteamなどではそこが問題として提議されていたりもしました。

日用品とかだと様々なアイテムがどんどん安価になっていくわけです。そして良質なものは高い。

ところが映画もゲームもそうですが値段が大きく変わらない。上がりもしない下がりもしない。過去にコーエーがSFCの頃に1万円以上するパッケージとか出してましたけど、基本的にはハードウェアに合わせて価格帯にはそんなに変動が無い。

こうなると大資本持ってる所じゃないと勝負にならないような世界になっていくのですね。実際任天堂の岩田社長がこの中小が生き残れない産業になっているのは非常に不味いという指摘をしていました。思えば任天堂はその状態を憂いて開発費が高騰しきらないようWiiやDSという市場を作ったのだろうか?という観点からも2ハードウェアについては考えれる気がします。


■ユーザー側のゲームに対する消費傾向

 大企業によるハードルの底上げは結構深刻な感じがしまして、Ubisoftなどをはじめとした大きなタイトルを排出するメーカーがGTAとかアサクリとかすんごいの出していくと、小資本メーカーが求められるハードルが上がりまくるのですね。
同時にそれはユーザー側もゲームに対する7000円の価値というもののハードルを上げることになる。

こうしたものをゲームメーカーはハードウェアを一新することでデフォルト化してきたりしていた。DSが良い例でしたね。

ただスマホ(小型PC)でゲームするという文化が急激に拡大した。現在見てるとやっぱり開発費の高騰が進んでいる印象。この界隈もリッチゲームにランキング等は既に支配されている感じはあります。ただしスマホ定義のリッチゲームは開発費の他に莫大な宣伝費というものもついてまわっているように思えます。


■コンテンツにお金を払う意義

 私達はコンテンツの何を基準に適正な価格であると判断してお金を払うんだろうかということを結構考えていたのですが現状は「昔からそうだったから」というくらいしか無いんだなぁと感じてます。(販売側にはカルテルとか別の原理があるとは思うのですが。)だから開発費数百億のゲームと開発費1億単位のゲームが同列価格で並べられる。

しかし価格を自由に設定できるスマホゲによってこの辺が変わっていくのかなと。そもそもスマホにはコンテンツを購入する文化が根付かなかった。どちらかというと無料コンテンツをいかにそれ以上快適に過ごすかというためのための追加パッチの購入やガチャによる射幸心を煽ったものになっている。

その市場と可処分時間の奪いあいをするためにコンシュマコンテンツはヒット作の種を大量に出し続けて、芽がありそうだったら一気に投資して連続的に財布の紐を掴み続けるという手法をとっている。妖怪ウォッチとか顕著ですね。お父さんも子供も射幸心メダルにシリーズの連投のスパイラルにアニメに映画にと飲み込まれていてかなりかわいそうなことになってる。経済的には。

コンシューマーが直面してる市場はこういう戦いになっているのだと解釈しています。


■コンテンツってどうなっていくんだろうと考えると…

 アニメ業界の、結構名前出したらほとんどの人が分かるような会社に居る知人と久しぶりに会って話をしてきたのですが、どうやらこちらの業界はコンテンツの販売促進映像を作る産業として一つの落ち着きどころを見つけた感じがあるようで、なんやかんやもうダメだダメだと外から言われてきたわりにはどうにか不時着してる感じがあるそうです。

オリジナルコンテンツがなかなか無いのは、オリジナルコンテンツによって何を売り出すかを明確にしないといけないから。というのは昔のようにビデオやDVDを売って生計を立てる業界じゃなくなってるからということですね。その映像コンテンツから何を売り出していくのか、どう収益化していくかになっている。

※実際昨今のオリジナル作品って本当にオリジナルというよりは地域振興を担っている場合などが見受けられたりします。この辺は、けいおん辺で顕著になった「聖地巡礼」というキーワードが絡んでいるとは思いますが。

それで、その辺の発信から別コンテンツの発信まで一元化してるディズニーは一時期結構不味い状態にはなりつつもジョン・ラセターの制作監督に据えて社長も交代してなんとかなっていると。

アニメコンテンツ業界って受託側としての信用を得るか、一元化した収益体制を作れるようにならないともうやってけないようになってるのだなぁというのが話を聞いて受け取った印象でした。

そうなってくるとワリを食うのはこれまたジリ貧の中小。経済学の一つの仮説としては生物学的な淘汰とも言われておりますが。

その時期は逆に言うと新しい別の技術集団や超低コストで業界の枠外から作品を作るような集団とかがまた強くなったりする。それを人はイノベーターとかイノベーションとか呼んで好みます。ジョブズによって急速に広まった感じがありますね。

日々こうした業界は栄枯盛衰の中で文化が定着し、生き残れなかった者は淘汰されるのか、あるいは淘汰されないようにイノベーションを起こすのか、またあるいは別の潮流に上手く乗るのか、ということになりそうです。

そうそうガンダムブレイカーはそういう意味ではコンセプトデザインがイノベーティヴだったのだと思います。ガンプラを自由にくっつけてというのは今までにあったけど形にはなっていなかったアイデアでしたから。娯楽産業はこのイノベーション合戦ですね。


■既存コンテンツ産業の行く末

 イノベーションを起こせず別の潮流にもシフト出来ないのならば、いかに既存文化の先駆者達の資本と体力と財力を使って戦うかになってきます。これは非常に分の悪い戦い。ここで勝てるのはお金を引っ張ってこれる人間、人を上手く使える人間、スーパーハッカー(超技術者という意味)等々。そして何よりも死も厭わぬ洗練された傀儡。

 イノベーションを起こすのは一発逆転があるが、リスクは伴うしそもそもイノベーションこそ本当に限られた0.0001%の人間が数奇な運から起こすもの。ジョブズが日本で何故生まれないかって、アメリカでも一人しか生まれてないから!あとウォズと出会わなかったらジョブズは多分ちょっとおかしな人だっただけだから!

 ということは実際多くの中小や凡人の人々はもうとにかく潮流を読むことでしか生き残ることは難しくなる。潮流に乗っかれない人はレベル差ありまくりのガチ既存文化勢と正面から戦って辛い目に遭うことになる。

しかし多くの企業や人は、この正面からの戦いを気力と根性と洗脳力で乗り越えようとする。ここでブラック企業という体制が生まれてしまう。
実際日本企業で昨今ここまでブラックが叫ばれるのは結局既存潮流で敗戦した企業がそれでも無理矢理限界突破してなんとか文化潮流の勝ち組と対等にヤり合おうとした結果であったりする。

しかしそれは本当にケンカとして成立してるんだろうかというお話になってしまう…


■2015年も引き続き潮流を読んで、負け戦ばかりにならないようにしたいところです

 ダラダラ長く書きましたが、コンテンツ産業の市場動向というのは実に人間の生存合戦が日夜繰り広げられている場所でございまして、この業態から人間としてビジネスマンとして戦いぬく知恵を拝借できるなぁと感じます。

ときに「真面目」というのは世間から評価は受けやすいものの、真面目であることを仕方なくやっている人間にとっては非常に不利な戦いを強いられるものであります。

真面目の条件を地で満たせる人が強いに決まってるんですから、真面目系クズの面々においては本当に真面目になるかクズなりに狡猾に戦うかでしか戦うことは難しいくなるわけです。



 


■真面目としてかクズとしてか

 真面目系クズというのは侮蔑の言葉であると同時に市場価値を安易に示しています。ブログ運営しているとよくわかりますが、この言葉を頼りに未だにここに訪れる人の多いことが実感できます。外部リンクも何もしていないのにも関わらずです。死にワードですよいい加減。

人口が多いということは、人間の市場価値として飽和状態にあるということです。これが稀少な人間性になればまだ面白いやつとして評価対象になるかもしれませんが現状はそうではない。

ここを理解して、自分がいかに自分を不利に導いてしまっているかを自覚し、清廉潔白で信用の集まる真面目人間を貫くのか、それともクズなりに世の中を上手に生き抜くための知恵をどんどこ蓄えていくのか。

いずれにせよ不利に感じるってことはやはり何かしら負けが込むようになってしまってるわけなので、自分という市場価値をどうやって高めるかを考えていくことが大切だと感じるのでした。

ちなみに私はどうしようもないクズなのでどれだけ罵倒されても涼しい顔して地を這いながらやっていこうと思います。きっと皆本能的に嫌われるのはやはりイヤだから、クズとバカにされるよりは真面目を目指す方が心身の健康に良いだろうなと考えると人が多いと考えると、希少性がありそうだと思うので。


■最後に

 経済学から読み取りますと、中庸というのは非常に無理のある理論だとされております。「真面目」で「クズ」これはつまりハンパ者であるという証であることで、市場原理がどうだとはいえども、どちらにせよあまり好ましい状態でないことに変わりないとは思うのですね。

なので本当に真面目って何なのか追求するか、クズだなぁ…と落ち込むよりもクズなのに上手くいってる人って何が違うんだろう?とかそういう部分で賢く生きていく事が重要だと思われるのでした。


今回の長ーい文章をひとまとめにしますと、分の悪い戦いはやめて勝ちにいこう、そうしないと苦しい思いばかりして世の中に遺恨ばかり募らせて年がら年中辛い思いをし続けるハメになりますよ、というなんら当たり前のお話でした。

しかし2012年以前頃までの私にとってはあんまり当たり前じゃなかったのでした。

最後になりましたがあけましておめでとうございます。今年もこのような不遜なブログではございますがよろしくお願いいたします。

本年も元気に賢く健やかに伸び伸びと地を這って生き延びていきましょう。

いやほんと