20141024
出典:いらすとや

 仕事柄、プロダクトや実際のレイアウトなど様々なことをデザインする業務を行なっておりますが、実にこの「緩急」が大事だなぁと見をつまされることが多く、これはログにしておかねばなるまいと思い、整理してみました。

尚、以前書いたこととところどころ似たような事を書いているかもしれませんが、人は反芻を繰り返す中で自分の中で次第に何が特に大切なものであるかというのを吟味していくものでして、それにより以前よりも更にコンパクトにブラッシュアップされているはずです。
多分同じこと言ってるということは、それだけ大切だってことだと思います。


■デザインの緩急

 ニコニコ動画の川上量生さんが著書で面白い事を書かれていました。転用ではなく私の受け取りやすい言葉として整理してます。

人間は分かりそうで分からないものに目を向ける。草原があれば当たり前に通過するが、そこに見たことのないキノコが生えていれば、そこに猛獣のうめき声が微かに聞こえたのなら、突然その草原は「注意してみるべきもの」になる。
普遍的な名画というものは無い。かといってあまりに理解を超えた範疇のものは、興味の対象にならない。見る人にとっての「何か分かるんだけど分からない」という微妙な感覚を刺激することがクリエイターとして大切なことであると思います。

これが緩急とどう結びつくのかというと、人はモノを見るにあたって「普遍的」という安心感を求めるのと同時にその安心感があるからこそ「何か変わったところ」が欲しくなる。

人を引きつけるデザインというのは、この緩急を見事に使いこなしているのだと感じます。



■音楽の緩急

 これが一番緩急として分かりやすいのですが、サビを引き立てるために前奏やAメロBメロで緩急をつけますね。ずーっと一定階調の曲が続けば聞いてて特に面白みがありません。もう方々で聞こえすぎて勘弁してくれよと思う、ありのままのなんちゃらかんちゃらやらおじいさんがおばあさんがやらも、緩急が非常によく効いてますね。



■流行の緩急

 流行にも緩急ありますね。例えば今年は一部界隈では赤リップ押しになっていますが少し前はもっとナチュラルなカラーでした。デザインの話しにも通じますが人は少し異質な状態になると最初は警戒しますが、正常性バイアスが作用することで徐々にその異質さを受け入れます。
そうなるとそれが当たり前になって徐々に「飽き」が来ます。「飽き」ると消費が散漫になります。なので毎年流行は更新されます。市場が健全に消費を続けてくれるように。ファッションリーダーの人たちというのは市場を生み出す重要な存在(インフルエンサー)であるわけです。



■仕事・勉強の緩急

 仕事で良質なパフォーマンスを続けるのは相当な体力と精神力が必要です。長年見てきてだんだん感じるのは、黙々と椅子に座って作業し続けている人と、適度に談笑したりしながら仕事している人の方が優れたパフォーマンスを出しやすいなと感じること。逆に談笑ばかりして仕事をわずかしかしない人は黙々とやっている人よりも全然パフォーマンス産んでませんがね(笑)

ポモドーロテクニック(http://ringobito.com/lifehack/pomodoro/)という人間の集中力を効率的に発揮するためのライフハックがあります。これは25分仕事や勉強して、5分~15分規定の時間を休み、また25分仕事に集中して…というサイクルで仕事をするというルーチンワーク。
たとえやり残したことがあっても必ず25分で切る。そして絶対休む。この緩急が仕事の効率を上げるとのことです。実際やってみましたけど「絶対仕事はそこで一旦切る」というのは適度なストレスを与えてくれるので良い感じでした。

という狭い意味での事から、大きな流れでの仕事・勉強にも緩急があるのは大事。企業の成長だって緩急があり、明瞭期にはロジカルさよりも情熱的な採算度外視な活力が求められ、成長期は明瞭期の熱をロジカルに型どろうとして、安定期はそのロジックで物事が上手くいくが成長に必要な情熱が消えてしまい、やがて衰退期へと入る。



■人間関係の緩急

 カップルの倦怠期やら学生時代の友人とたまに合うと以前よりも更に楽しく話せたりとか、盲信していた人が期待通りの事してくれなくてあるきっかけから途端に憎たらしくなったりとか。これらも緩急に関係しているなぁと。

カップルの倦怠期は、互いにサプライズの無い関係が続いてしまった故に。二人が付き合うことが「刺激」ではなく「当たり前」の状態になる状態。恋愛は心を混乱させて正常な判断を狂わせる事でどうしようもない気持ちの高揚を楽しむものであります。
カップルが同棲を夢見ていざしてみたら、思っていたのと違ってなんとなーく刺激がなくなって別れてしまうか、あるいはその安心感から結婚に進んでしまうのはそんな理屈。で、どちらかに結婚の意志が無ければそれ以上の刺激は得られないから解散になる、と。
長続きするカップルや結婚生活は互いにベタベタしすぎていなかったりサプライズがあったりなどうまく緩急の折り合いをつけているなと、なんとなく周囲などを見ながら感じるところです。

昔の友人と、というのは一時期は極めて親しい環境で同じ釜の飯を食うような間柄であり一緒にいて当たり前同士だった関係からたまにしか会えなくなったという大きな緩急を得たからこそ、より昔一緒に居た環境が懐かしく思えたりして、刺激が得られる。

盲信していた人が、というのはとにかくその人のことばっかり考えてその人が正しいということは正しいんだ、みたいな状態になってる事。相手への思いをべったりとさせたままずーっとその人のことばかり考えているうちに、最初の盲信していた頃の刺激がなくなることで、もっともっととねだるようになってしまう。
でも人は変わるもので、その盲信している人だって当然変化する。その変化が裏切りのように感じられて途端に憎悪へと変化する。人を俯瞰で見ずに距離の緩急を付けずべったりしているから、反動で愛おしさが憎らしさに変化してしまう。

人間関係を上手く続ける上でも距離などの緩急を意識することは大切であるなと感じます。






■自分自身の緩急

 前回の鬱っぽいと思った時~の記事でも書きましたが「ま、こんな日もあるさ」というのは至極大切であります。人間はロボットではないので朝見たニュースとか天気とか挨拶した人のテンションとか特別な日であるかどうかおいしいものを食べたか、など様々な要素からコンディションを左右されています。
大体の人がそうなので、あんまり「自分のコンディションは自分で作り出せない奴はクソ」みたいなこと考えない方が良いです。作れてるなら作れる環境が揃っていることに感謝すべきだし、作れていないなら環境選びが間違っているだけだと思います。

それでも人間、動物本能として良い状態を続けてるってのは無理です。体がその良い状態に飽きるので、より良い状態になろうとするか、無理がかかっているならちょっと休もうとします。大事なのは「そんなもんだ」と思うこと。そしてそれは誰にでもある程度共通しているということ。
この人間の心と体の緩急を考慮しない人は他人にどこまでも厳しくなれますし、自分自身の首も同時に占め続けます。他人の批判ばっかしてる人は自分で自分の人生ハードモードにしてるのに気づいてないわけです。

「そんなときもあるさ」

この自分自身の動物としての緩急を自覚するとっても楽になるしいろんなことがスムーズに行くようになると思うのですよね。だって私達動物なんですから。



■人生の緩急

 以上のような事を踏まえまして、物事にはいろいろな「糸」が張り詰められていてそれが適度に切れないようにたわんでは緊張し、またたわませては緊張し、を繰り返しているわけでございます。
というわけでもしかして今うまくいっていないのは糸を緊張させすぎているだけなのかもしれません。緊張させることがあたりまえだと自分自身を洗脳しているだけなのかもしれません。

緩急大事。緩急大事に出来ない人は危険。

いやほんと。