20140806
出典:いらすとや
狂気が私達の感覚を奪っていく 容赦なく怪物へと堕落させていく


 小保方氏のSTAP細胞論文の共同著者である、笹井氏がお亡くなりになられました。ネイチャー誌などにも取り上げられ大変なニュースとなっております。

小保方氏から始まった、小保方氏や理研に対する連日のバッシングはついに人の命を奪うところにまでいたりました。

ところがここに来ても「マスコミ批判」「理研批判」「小保方氏への批判」こうした火種は耐えません。

既に日本中が怪物と戦う中で怪物となりつつある自分に気づいていないかのよう。



■発信者達の焦り

 今回の一連の件ではないにせよ、佐村河内氏やら野々村氏やら、今年は異常な程にバッシングのための「血祭りの神輿」が発信者達によって担ぎあげられているように感じます。

それは、マスコミ各位がスクープ性のあるネタを上げられない以上そこでしか最早視聴率を稼ぐアテがないからという焦りにも感じますし、失策だらけだったこれまでの政権に比べてこのまま4年間延命しそうな現政権の安定感に絡んでいけないからこそ、重箱の隅を突くような事をする他無くなっているようにも思えます。

どうにも、彼らが焦り、かしましく、ああでもないこうでもないと叫んでいるようにしか見えないわけですが。報道の本来の目的からは既に逸れ、彼らは次の獲物を探す怪物になっているのでした。ちゃんちゃん。



■深淵に覗きこまれている自覚を

 一連のこうした報道内容やら報道姿勢そのものなどへの辛辣な意見というのは実際かなり見かけます。ところがその言葉が自分に向けられた無数の刃になっていることを理解している人は果たしてどれだけ居るのだろうと思う次第です。



■批判家の身内を見て思う事

 私には何に対しても批判的な身内が居ります。本当に、何かにつけて批判します。その人にとって批判することによるアイデンティティの形成が行われているのでしょう。

ところが批判する内容は、全てその人自身の足りないもの、醜さ、そういったものが現れているのです。

その人は批判する度に怪物としての自分をさらけ出すのですが、自覚はないようです。今も、時々会えば批判するばかりです。

まさにニーチェの詩にある「怪物と戦う者は、その過程で自分自身も怪物になることのないように気をつけなくてはならない。深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ」というものですね。

私は常々心に刻むものとして受け止めております。



■いじめっこをいじめるいじめっこ

 深淵を~というのをもっと簡単な例として上げます。

いじめが発生し、ニュースに取り上げられるような事件になりました。
加害者は住んでいる地域とモザイク要りの写真を公開されました。
コメンテーターは許されない行為だとコメントしました。

さて、このいじめっこを特定するためにtwitter等で情報を元にした探索が始まりました。
あっという間にそのいじめの主犯は顔写真をアップされ、名前も特定。
顔も知らぬ多数の人間から様々な情報を晒されました。
というわけで、いじめっこをいじめるいじめっこが無数に誕生したのでした。

でも、各々は直接手を下したわけではないので、罪悪感はつゆほども無く、敷いてあげればネットがそうしたシステムになってるから、ということで自分たちが怪物になっていることを自覚しないのでした。

これも「第三者のつもりで」いじめてる人に共通する認識。





■損得なんて考えずに、許す所から

 今回の笹井氏の痛ましい事件は、誰かが直接手を下したわけでも無く、マスコミが批判対象になることは必至なのですが、結局これもイタチごっこで、マスコミもまたその批判を避けるために新しい血祭りの対象を見つけることになるでしょう。
どこかで誰かが辞めようとしても、誰かが必ず損をする。損得で考えていれば。

だから、損得なんて抜きにして、もういい加減息苦しいループから抜け出すしかない。そのためには、批判対象を別に探すのではなく、もう全部許す。ただただ許す。



■深淵から抜けだそう

 これから報道姿勢に一気に批判が集まるでしょうし、小保方氏への言及もさらに激しくなるでしょうが、仮に報道部の誰かが自決したら、小保方氏が…となったらまた次の批判が続くだけ。

1人じゃ何も変えられない、って、当り前です。でも、自分が変われば自分の認識する世界は変わります。誰かを変えようだなんて厚かましいこと考えず、自分がまずはこのどうしようもない負の連鎖からイチ抜けし、ここでもう許して、さっさと次に進んじゃいましょう。

批判してきてしまったこれまでの自分も、もうやってしまったことにかわりはないのだから、許しちゃいましょう。



■改めて振り返る今回の事件

 まさに日本中が抱えた闇が生んだ、実にエグい事件だと思います。理研の構図とか報道姿勢とか一般人の受け止め方とか全部。今年はこれまで溜まってきた行き場のなかったフラストレーションが膿となって溢れでてきているように感じますので、むしろこれからが更に本番だと思います。

まともに受け止めていては怪物になってしまいます。
自分の人間性を守るためにも、とにかく許す力身につけていく事が必要なのではないかと感じる次第でございます。


いやほんと。