20140805
出典:Amazon  アオイホノオ(1) (ゲッサン少年サンデーコミックス)


 極力ネタバレ無しで書きます。

現在ドラマも放送中のアオイホノオ。漫画家・島本和彦先生の学生時代を描く自らの青さを惜しみなく皮肉って書き上げている作品であります。フィクションらしいですけどどう考えても自伝!

実に実に身につまされるストーリーの数々は必見。世の中には幾多の漫画があふれていますが、この「アオイホノオ」は間違いなく人生の糧となる貴重な漫画だと感じます。



■ざっくり解説

 6巻まで読んでの感想です。
主人公は焔燃(ホノオモユル)という、80年台の大作家芸大に入学した名も無き頃の島本和彦先生(あくまで予想)。同期には、後にエヴァンゲリオンを手がける庵野秀明を始めとして数々の現在第一線を駆ける監督や社長や漫画家などが登場。

作中でも描かれるが、その彼らはその頃から明らかに異質な存在であった。焔は、そうした異才達に出会いながら、自分の中の可能性、守りたい自尊心と現実のギャップに打ちひしがれながら、少しずつ少しずつ己の進む道を模索していく…。

というような物語。

さてこの焔燃がもう最高に情けなくて、でもちょっと笑いどころじゃない感じとかがそこここに見え隠れして、素晴らしい反面教師となって私達に訴えかけてくれるのです。この本読めば、自分を客観視出来るのかもしれません。



■いざとなったら出来るから、その時が来るまでやらない

 焔君の鉄板。自分は今はやっていないけど、やれば絶対できるから、大丈夫。という根拠の無い自信がベースになっています。いや根拠の無い自信てのは実際かなり大事なんですけどね。
ただ問題は、この自信は安直に焔君の自尊心を守りたいがためのみに発動してしまっているのです。だから、彼はいつまでたっても自分の本気を周囲に出さない。いつも半端に力を使って「まぁ今回は仕方ないさ、だって~」と気取ってしまう。



■批評家としての1流さは製作者としての能力には結びつかない

 焔君は「高橋留美子はタイミングだけで生きてる!」とか「あだち充、あいつ、野球漫画の描き方が、全然分かってないんだ…!」などなど数々の批評家としての目を持っています。その他にもアニメを見ていても、金田作画がどうだとは分かるんですが、庵野ヒデアキらの会話にはついていけない。

しかも焔君は庵野ヒデアキのことを、単なるマニアだと批評してしまう。ところが庵野ヒデアキらは、全てのインプットを「自分が作品を作るための糧」として映像やスタッフロール等を見ているのですね。

かたや焔君は、確かに見る目は養われているのですが、それはあくまで自分の中で批評するだけで、現実への落とし所が無い。

そして更にはその自分の選球眼が理解出来ない一般人の女性たち等へ「こいつら全然分かってないんだ!」と批評し、1人苦悶する。

そして「高橋留美子、俺だけは認めてやる」と批評家としての自分に陶酔していく。


さてさて、周囲に、或いは自分自身にこんな傾向はないでしょうか。何が厄介って、庵野ヒデアキら「自分で泥臭く何かを発信していこうとしている人間」と焔君のような「上から目線で手も動かさず批評だけしている」その二人の間には埋めようもない力の差がどんどん生まれていっているのです。

そして、ある一定の力の差を付けられた時に、批評家になってしまった彼らは一様に言うのです「あいつは元から才能があったからだ」と。



■他人との比較からいつまでも抜け出せない焔

 焔君は、作中で何度も何度も挫折を味わいます。ところが彼の挫折というのは他人との比較から生まれているものばかり。
一方の庵野ヒデアキなどは、自分の表現の足りなさ、周囲の反応と自分の思っていた反応との乖離に頭を悩ませたりしています。

焔君は批評家根性が自分自身に刃を向けていることに気づかないまま、己と向き合い己と戦い己を磨いていく庵野らと更に力の差をつけられていく。





■批評家根性が生み出してしまった、言い訳のスパイラル

 焔君は、ある時学校の課題の見積もりを甘くしてしまい、どう考えても間に合わない状態になってしまいました。そこで彼は思い至ります「そうだ、プロは納得した仕事しか表に出していない。俺はプロを目指すのだ、こんな中途半端なものを出すわけにはいかん」と。

当日、焔君は課題の発表会で庵野ヒデアキの作った作品に衝撃を受けます。ところが、庵野にとってはその課題は不服な内容だったのでした。

焔君のプロ根性だと思っていることは全く正反対で、プロであるからこそまずはどんなものであっても終わらることが大事なのです。

焔君の「言い訳のプロ」の能力は、この後も度々焔君が自覚しないところで焔君自身を苦しめていきます。



■真面目系クズの人たちの頭の中で考えてる事って実際こんな感じ

 というわけでして、この作品は80年台の大阪芸大の中で、クリエイターとして自分がどうあっていきたいのか、と思い悩みながら進む青年の物語ですが、これは何も焔君の環境が特別なわけではありません。どんな環境下にも焔君のように悩んでいる人が居ると思います。

そうした時、この本は自分を客観視出来るかもしれないし、近しい人を客観視出来るかもしれない一冊になっています。

この焔君の「青臭さ」というのをどう感じ取り、どう自分の糧としていくかという観点から、娯楽漫画ではありますがただの娯楽で終わらせず読んで見るのが良いのではないかなと思いました。



■それが若さであり、その焔は今の島本先生になっている

 島本先生、自分の心を抉るようにしながら物語を放り出しているのではないかなと思う次第です。どこまでが嘘で本当なのかは分かりませんが、他人事として書いているようには思えず…。

そんな若くて青い、焔君も立派に島本和彦先生になっているのですから、焔君にダブるような心持ちがあったとしても「それはそれ」くらいに思って深く悩むことも無いのではないかなーと思いました。



■アオイホノオ…なんてえげつない作品だ…!

自分のどこかにあるかもしれない可能性を信じ
何もしないための言い訳を構築して
理想だけは高くなり
自分こそが物語の主人公だと思い
現状とのギャップに苦悩し
何者でもない自分を認めることが出来ず
世の中の批評をして
自分が変わらなくてもいい理由を探して
知らぬ間に自らの本当の可能性に蓋を閉めて
他人を羨むばかりになり

やがて

どうして気づけばこんなことになってしまったんだろう
どうして自分はこんなに落ちこぼれのクズになってしまったんだろう
どうして自分は未だに何者でもないのだろう

そんな、若い苦悩を客観視させてくれる、えげつなく、それでいて素晴らしい漫画です。

是非是非一読オススメいたします。文句無しの☆5作品。ドラマも非常に良く作られおり、こちらも一見の価値ありですよ!


という何だか小難しいこと書いてきましたが、純粋に熱くなれるギャグ(?)漫画だと思いますので肩の力抜いて楽しめると思います。

いやホント。