20140704

出典:いらすとや

向き不向きで慎重になる事は、本当に大事なのだろうか。


 間もなくブログ平日ほぼ毎日更新を続けてから8ヶ月目になります。たしか昨年の11月頃からスタートしました。もうすぐ1年。

一方、私がブログを開始したのは更に遡ること、2012年の10月頃からでした。

つまり私は毎日更新を始める前も、一応ブログは更新しておりました。


さて、これは私に向いていたのか? 不向きだけど、何か続いている理由があるのか? ということを考えてみました。




■そもそも最初の一年はほぼブログは続いてない

 私は基本的にタイピングが好きだったから、きっとブログも書けるよなーとか、ブログで色々活動してる人居るから多分だいじょうぶだよなーとかそのくらいのノリでブログスタートしてました。

結果は、まったく続かない。

書くネタも浮かばない。面白いことも書けない。

なんとなく、見つけた愛着障害とかを読みながら、不定期に時々だれも待っても居ないのに「どうもお久しぶりですー」とか書くわけです。書いて、また放置する。そして辛くなる。

あれ、これ向いてないんじゃないか?



■「何か一つくらい達成してみろ」と殴られた気持ち

 ライフハック系の記事や本を読んだり起業本を読んだり実務本を読んだり、それでも心の中で何か燃えるものというのがすぐに消えていってしまう。ブログも毎日続かない。

そんな折に出会った「ゼロ」。言わずと知れた好き嫌いのハッキリ別れる堀江貴文氏の自伝をプロライター集団で書き上げた何かすごいやつ。

これを読んで、私は、心の中で顔面をぶん殴られる。

何を言い訳してるんだ、何をやらない理由ばかり探してるんだ、何にもハマらないで、何も達成しないで。

そこから、毎日更新を決意することになりました。

ブログを毎日更新するということに無理矢理ハマってみた。



■相変わらず向いてないなぁとは思ってる

 そんなこんなで記事を書き始めてもう随分経ちます。
ブログを書き進めることで見えてきたものがあります。何度か過去記事で書きましたが、ブログを書く事がマインドログになっていること。つまり、自分の精神状態の分析や整理、過去のコンディションとの比較などがしやすくなっているということ。

また、整理する癖が色んな場面で良い影響を生み出し始めているということ。

単純にブログアクセスが増え、モチベーションも上がっていること。

向いてないなーと思いながらやり続けてきたことは、いつの間にか自分にとって役立つ効能を生み出してきておりました。いつの間にか私にとって向いている事になってました。

でも、相変わらず向いてないなぁとは思います。
腹が捩れるような記事も、涙を誘うような記事も、知識人たちを驚かせるような事も書けませんから。そういう面で、向いてないなぁと思います。




■向き不向き は言葉遊びに過ぎない

 なんとなく、私は「これは自分に向いてる」「コレは向いてない」ってのは全部言い訳だと思ってます。向いてると思ってやること、向いてないと思ってやらないこと、いずれも自分をそうやって騙すための口実。

だから向き不向きで自分を悟るのはナンセンスだと思います。
他人から見た場合の向き不向きはもちろんあります。

しかし、最終的にやり切るかどうかは結局自分次第。向いてないと思えば向いてない。向いてると思えば向いてる。

向いてるか向いてないかじゃなく、やりたいか、やりたくないか、でしか無いと思います。

向いてないと思ってるんなら、単にやりたくないって、ことです。



■おわりに

 自分が何に向いてるか、何が不向きかというのは、考えても仕方ない事だと思いますし、贅沢な悩みであるとも思います。向き不向きで悩んでいるのなら、それは単に楽して成功したいから、少しでも自分に可能性のあるものを見つけたい、と思っているだけにすぎないと思います。

皆最初は0。
0の人間に向き不向きはない。あるのはゼロからスタートしてからの違い。 上達の仕方のコツがわかっているかとか、純粋にハマっているか、など。

繰り返し、最初から向いてる人なんてほぼ居ない。 

なので、向き不向きなんて、早く捨てちゃいましょう。それよりも、どうやったら上手くいくか、どうやって効率的にこなすか、それをやった先に何があるだろうか。

そうしたことを考えて、何事も楽しんで取り組むことが、大切だと思います。

いやほんと。