私たち真面目系クズが何故世間に嫌われるのか。逃げグセや手を抜くことなど様々な事柄が挙げられていますが(詳しくはコチラのまとめから)特に根深い問題点の一つとして「何か偉そう」「悟ったつもり知った風な顔」「プライドが高い」という問題点が挙げられます。何故偉そうに見られたり、知った風な顔に見られるのでしょうか。そしてそれを改善する先で見えることについて考えてみました。

■あなたにはググる能力、問題を究明する能力がある

 真面目系クズであるあなたはきっと、情報収集能力に長けていると思います。少なくとも大抵のアクセスがググった上での訪問であることが分かっているので、あなたはググる能力は人一倍あると思います。情報を調べる能力探す能力が人より優れているのに、優れた能力があるのにあなたは何故真面目系クズなんて烙印に苦しむのでしょうか。何故究明した問題を改善できないのでしょうか。


■知ったかぶりの状態

 何か参考書やニュースなどを通して違った世界観に触れ、その世界を知ったつもりになってる状態。例えば医者の経験も無い状態で何かの記事や文献を読み、医者だったらこうあるべきのようなことを言い始める。


■知ること、論理を学ぶことは悪ではない

 昔から「経験に学ぶのは愚者、歴史に学ぶのが賢者」という言葉があります。「やったことも無いくせに経験もしてないくせに偉そうなこと言ってんじゃねえよ」という言葉も真理ですが、知的探究を何もすることなくただ行動することが正しい、というのも間違いです。歴史や先人の知恵を学ぶのは学習する動物として、当然のことです。


■何故知ったかぶりが嫌われるのか

 自分に置き換えてみて、例えばあなたが何か大事に積み重ねてきた経験あるスポーツなり娯楽なりを、やったこともない人間からグダグダ言われると、普通イヤですよね。当然の事と言いますか。


■もう少し掘り下げてみる

 人間は長年経験してきたことや知識に少なからず自信を持っています。外からの声というのはその自信が肥大化するほどに受け入れられない存在になります。それは、価値観が固定化するからです。成功や失敗の積み重ねで得てきた一種アイデンティティのようなものを汚されるからです。また、はたからみれば汚す行為に写るからです。だから、嫌われる。


■知を軽視する文化という観点も知っておく

 先日の『「失敗の本質」戦時の日本の組織運営から私たち真面目系クズが学ぶこと』の中で触れた通り、日本の文化に根付いている学習軽視の文化についても知っておくと良いでしょう。他人が知ったかぶりだと決めつけ、人情や経験則などばかりに囚われている可能性だって十分にあります。
 

■嫌われるつもりなら存分に知ったかぶろう

 実は知ったかぶりは別に悪い事ではない。誰でも知識欲求があることは当然であり、知的探究心をわざわざ抑制する必要もない。その知識を議論することだって問題ではないです。


■気をつけたい、知ったかぶりの本質

 何故知ったかぶるのか。それは、無知へのコンプレックス。無知を埋めることで安心感を得たい。自分の価値観の中にとどまり安心したい。知ったかぶりの問題点は知的欲求そのものではなく、知ったかぶりに付随する「そこで満足すること、その満足感を相手(自分)に押し付けるようになること」です。



■やらずに見てる世界、やってみて見える世界

 前に向かって一歩歩みを始めた人と、踏み出さずに「世界はこうなっている」と満足するのには雲泥の差があります。一歩進むことで新しい知らなければならないものが見えてきて、また知を追いかけるようになります。知を追えば追うほど、新しい発見と調べなければならない事柄が見え続けます。しかし、知った段階で満足感を得てそのまま踏み出さなければ、それはただの消費活動にすぎません。

知る→行動する(調べる)→知る の繰り返しにより、いつしか知ったかぶりの枠を超えます。行動する人間が良いとされる理由はここです。


■知ったかぶりを受け入れる度量

 もう一つ、自分が知ったかぶりをしながらも他人の知ったかぶりにイラつく人が居ます。知ったかぶる思考のプロセスを理解できたならば、そのイラつきは自分の価値観の固定化による耳を傾けない思考状態になっているはずだと気付くはずです。この価値観を心得ていれば、ただの戯言だと受け流すことも出来ますし、耳を傾けてみるかという2つの選択が生まれるようになります。ただ単純に拒否するのではなく、心の中にこの二択があることを意識することで、あなた自身が気付いていなかった問題点を、知ったかぶりしてくる人間から学べるかもしれませんし、案外知ったかぶっているのではなく本当にしっかり研究してきているのかもしれません。

大きな度量は、あなた自身によりたくさんの知を与えてくれます。


■知ったかぶり改善のためには

 知ったかぶりをレベルアップさせまくって、その道の先生に探究者なりましょう。雑食的に何でも取り入れているならニュースをまとめる人になりましょう。というのは極論ですが、調べて安心するだけの消費活動に終わらせないようにする、ということが大事です。

安心感を得たいがための行動ではありますが、安心して欲しいのは少し調べる程度よりも、探究し続けることにより得られる安心感の方が圧倒的に多いということです。手前の満足よりもさらに深い安心感が得られるということです。だから、一杯調べていっぱい学びましょう。


■それでも嫌われたくないならバカになろう

 相手に押し付けることが反発を呼びます。なので、何も知らないフリしましょう。それで馬鹿だと思われようと、知ったかぶりすることで馬鹿だと思われようと結果は同じですし、どうせその場で上手くいってもバレるんですから。

バカになりましょうよ。楽ですよ、バカって。私もバカな自分を受け入れたら凄く楽になりました。


■あなたは既に知ったかぶりをするために「行動」している

 全くの無知ならばあなたはそもそも知ったフリなんて出来なかったはずです。どんなに微細な事柄であっても、あなたは知ったかぶりをした時から既に他人よりも知識人でありたいという欲求のために行動しているのです。ならば、その時点で無知な人よりも貴方はもう前に進んでいるんです。それを自覚したら、歩みを止めずさらに知を探究しましょう。

そしたらいつかきっとあなたのことバカにする人なんて居なくなりますよ。

いや、ホント。