嫉妬ほどあなたの心を苦しめるものはありません。
どうしてあいつは友達が多く、私は少ないのか。
どうしてあいつは楽して儲けて、私は苦労して儲からないのか。
どうしてあいつはスリムで、私はデブなのか。
どうしてあいつは愛されて、私は愛されないのか。

言い訳ほどあなたの行動を縛り付けるものはないです。
でも、だって、そんな事言われたって、仕方ない。
自分が貧乏なのもうまくいかないのも○○のせい。
○○が無いから出来ない。
年齢が、才能が、時間が、お金が。

プライドほどあなたを小さく見せるものはありません。
恥をかきたくないから新しいことをしない。
自分から挨拶をしない。
過度に見栄を張ろうとする。
自分の非を、心の底では認めない。
自分より能力の無い相手を見下す。
自分に自身が無いから、誰かの名前を出す。

そんな感情が起こす、身の回りの事象と
それを見直すには、というお話。



■3つ特性が重なったとき、とんでもないクズが生まれる

別に詳細を記す必要もないと思いますが
嫉妬深く、言い訳ばかりして、そのくせプライド高い人間は
うーん、まぁ間違いなくクズですよね。
とてもクズ。
これを隠すために高いプライドが作用した結果
真面目系クズってジャンルが生まれたんじゃないかなーと思います。

別にこれ最近の話ではなく、昔から
脈々と人間性として引き継がれてきたものだと思います。


■類は友を呼んでおります

おじさん・おばさん達も若い人も、このタイプ実はいっぱい居ると思います。
問題は、おじさんたちの方が歳をとってて立場が上だということ。
大人であって上司であって高い身分で、とかまぁ色々。

で、若い人がそれに負けてしまうのは
自分自身もプライドが高いからでして。
高いプライドってのは立場の低い人にしか発動しないわけです。
ようするに、自分と同じ性格をもったおじさん達が
同じ性格の若い人を高いプライドをもって見下してる構図になると。

同時に、若い人同士でもこうしたクズだなんだのでレッテル張るのは
一人の人間として向き合うよりも手っ取り早く記号化して
上下関係をはっきりさせてしまいたいからですね。
これは多分社会を生きる中で無意識に芽生えた価値観だと思います。
そんで「真面目系クズ」って底辺を作り出して安堵感を得て
安心してボッコボコにしてやる、と。

こうして「支配的なクズ」と「弱者のクズ」が出来上がるわけです。
で、この弱者側に甘んじなければならなくなってしまった側の人が
なんとか気付いてくれるよう日々発信しているわけです。
「あなたをクズ呼ばわりした奴も同じクズなんだよ。だから安心しな」って。


■耳にしやすい礼を当てはめてみる

たとえば学校だったら
「あいつ大した勉強も出来ないクセに真面目ぶっててプライド高いただの真面目系クズだよな(笑)」
とか言うようなキーワードには
他人を低きにおいてプライドを保つという安心感を得て
他人を貶めることを言い訳にして暴言を吐き
勉強しないでも生きていける楽チンな人生うらやましいね、という嫉妬
それぞれを孕んだ言葉にも考えられるわけです。

たとえば会社だったら
「最近のゆとりはまったくなってない。俺の若い頃はもっと違った。」
とか言うようなキーワードには
若者が使えない人間であると貶めて、プライドを保ち
若者をクズ化させて自分の若い頃の失態を正当化(言い訳)し
仕事も出来ないのに給料もらえる若者という像を作り、そこに嫉妬する。

彼らに共通するのは、自分自身が成功していないから
そんな自分を正当化するために他者を卑下するわけです。

そう考えたら、笑えてきますよね。

だって、本当に忙しく毎日考えて頑張ってる人って
他人の一挙一動に目を向けるなんて時間の無駄なことやりませんから。
尿道口


■ならば、いつまでも稚拙な感情に縛られる必要はないです

ようするに、目くそ鼻くそを笑う状態が繰り返されているのです。
繰り返されているにも関わらず、「空気に流される」という概念が
それらを正当化させているのです。

そんな空気、読む必要は無い。

そんな人達と同じ穴のムジナで居続けることの意味が無いんですから。
そんな人達と関わる事は人生の発展に何も繋がらないのですから。


■というわけで捨ててしまえ、そんな感情

他人と比べるから嫉妬してしまうのです。
自分が正しいと思う価値を見つめていればいいんです。
他人と比べてるからいつまでも苦しいんです。 他人を憎むんです。

100%無理かどうかはやらなきゃ誰にも分かりません。
やってみたことは失敗でも成功でも「経験」として残ります。
それをやるかどうか悩んだとき「言い訳してやらない」という選択が
悩んだ時間を無駄にしてしまいます。
やりたいこと全部やればいいだけです。
あとは、無理なら無理とも言えばいい。
言い訳してやれないことを正当化するんじゃなく
やりたくないことはやりたくない、って言えばいい。
決断すればいいだけです。

プライドなんて必要無い。
プライドは恥から生まれています。
その根本はそれぞれの人生のトラウマなどあると思いますが
いいんですよ別に恥かいたから死ぬわけじゃないんですから。
プライドのせいで自分が何も出来ないほうが恥をかくよりも
人生において何十倍もの損失です。
プライドが無い人間がダメだとか言う人も居ますが
それはプライドの無い人間と付き合う事が怖いだけです。
プライドの無い人間は何でも平気で行います。怖いもの知らずです。
それが、プライドのある人間にとって怖いんです。


■捨てた時、新しい人間関係が生まれる

結局、支配的なクズと弱者のクズ、双方の関係性は
あくまでクズな世界でしかないわけでして
その次元を突破したときに、新しい人間関係が待っているはずです。

人間的な負の部分を捨てて、前向きになることで
自然と、前向きな人達の類が友を呼んでくれるはずです。




結論としては、自分を変えれば周り(付き合う人間)が変わる。
なので周りの評価なんて気にしないで
安心して自分を良い方向に向けて発信させていきましょー
というお話でございました。

大企業で大成功してる人をうらやんで嫉妬して
良い家で良い親に育てて貰えなかったことを言い訳にして
そんなどうしようもない自分をプライドで自己防衛してる場合じゃないですよ

いやホント。








ところがこのクズでルサンチマン的、ハングリーな感情が
クリエイティブな発想を生んだりするわけでして
そういう複雑な感情が含まれたものって、高く評価される場合がございます。
映画とか世の中を心底恨んで、どうしようもない憎しみを込めて作られたものって
表現が他の映画と比べて稚拙であったとしても面白かったりする。
いや、ルサンチマン予備軍が多いからこそ評価されているのかもしれませんが。
世の中って単純じゃないですね。 だから、面白いんだと思いますが。

いやホント。