まじめ系クズの日常

真面目系クズが世の中を上手く生きる方法を研究しています

真面目系クズとは
まじめ風であるからかろうじての社会的立場を得ているものの
不真面目であり不誠実であり逃避癖があり指示待ち人間であり
実際はほぼ底辺のような存在 のこと つまりクズ

などと悲観的にならずに、この性分に向き合い
改善できそうなところを少しずつ見つけていくことが目的です。

ココで真面目系クズの特徴や改善などの記事をひとまとめにチェックできます

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     まぁなんと残酷な話でしょう。私は私の苦しみに答えを見つけ、私の人生にとっての攻略情報を探していたのに。答えを探せば探すほどに「答えはない」ということが見えてくるのです。ひどいです。


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    世の中には懇切丁寧に自分の怒りを全て書き溜めた上で、相手に自分の感情を全てぶつけることで自分の気持ちを晴らそうとする人が居ます。あまつさえそれをよしとする人達もおります。

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    近年になりようやく世の中に「発達障害」という言葉が脚光を浴びるようになってきました。先天的あるいは後天的に脳の一部の発達が未熟であることからいわゆる「普通」の人たちができることが出来ない。環境の変化に弱く、ADHDや学習障害等、様々な発達障害やその二次障害として適応障害等々、が認知されつつある。

    彼らは環境の変化に弱く、さながら日常を災害の中に生きているような状態、らしい。

    実際に脳に障害がある人から、IQなどは一般的な人とは変わりないが何らかの障害を抱えており、結果として学校でいじめや非行、不登校や引きこもり等々に陥る云々。

    これまで精神的な疾患に対する理解が日本では今一つ受け入れられてきませんでしたが、芸能人の栗原類さんが自ら発達障害についての苦悩の本を出すなどで世の中の関心は確実に人の「生きづらさ」に焦点が当たるようになっています。

    さて前置きが長くなりましたが。

    そういった理解が深まる中で障害も何もないけどもただの「出来ない人」はどうしたらいいんだろうか、ということについてです。

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    20170130_1


    学生時代のこと。私は専門分野を学びたくて進学したのに、そして卒業制作に集中していた時期なのに、学校全員参加のスポーツイベントがどうしても納得出来なくて教師陣に反対声明を出しました。結果は多少は効果ある感じでした。そんで私のその後の原典になりそうな事件だったなぁと。

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    話し上手は聞き上手。自分との会話は皆何故か盛り上がらない。他の人同士はあんなに盛り上がっているのに。自分とだと皆会話が止まってしまう。
    会話上手は聞き上手とは言えど、実際どういうことなんだろう。ということについて一度まとめてみようと思いました。

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    今やっていることに何かブレを感じたり、どうにも道が見えなくなってしまったり。今の自分が本来の自分でないような錯覚に陥る、そんな時がある人はあります。それは自分の軸足が何なのか見えなくなっている証拠なのであります。

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